風の国について

わたしたちは家というものをもちません

わたしたちは所有をしないのです

わたしたちは決まった名前ももたず

そのときそのとき自分にふさわしい名前をつけては捨てます

わたしたちは計画を立てて未来を支配しようとはしません

ただ風に身を委ねるのです

わたしたちは消えて無くなることはありません

死によってわたしたちは生まれるのです

わたしたちは生まれたとき身体(からだ)をもっていないから

世界中にちらばった自分の身体のかけらを探しにいきます

手、足、耳、鼻、尻尾、肺、心臓、声・・・

わたしたちの身体はわたしたちにみつけられるのを

延々と待ちつづけて世界の各地に身をひそめています

自分の身体を完成させることがわたしたちの唯一の目的

でもわたしたちのかたちは定められていないから

完成だと悟ったときがわたしたちの完成形です

完成のかたちはそれぞれ異なり

4本の足と4本の手と2つの頭でできているものもいれば

翼のあるひともいて

立っているだけのひともいて

1つの目だけで完結するものもいます

大事なのはただしいかたちになること

わたしたちはただしいかたちをみつけるために

風にのり

場所から場所へと渡ってゆきます

ただしい身体を手に入れるためにはただしく風を読むことが必要

風の息の強弱をききわけること

風の輪郭をみきわめること

それは五感ではなく

思考でもなく

わたしの風がわたしを呼んだときには

わたしのなかの風の子が小さく渦巻いて呼応するから

バランスを崩して風と風の隙間にはまってしまわないように

風の中心点にしっかりとつかまり宙に身をゆだねます

風は(くう)でしかないように思えるけれど

ちゃんとそこに柔らかく満ちているから

捉えようとはしないこと

そうやってわたしたちは偶然を渡り歩き

ひとつひとつ自分のからだを回収しにいくのです

ときどき間違ったからだを拾いそうになることもあります

大きな深淵を渡るときには気をつけなくてはいけない

大きな深淵には大きな風が吹いているから

深淵からの轟に怯えて

恐怖や虚無に包まれると

うっかり焦ってちがう身体をただしいと思ってしまうのです

間違った身体を拾ってしまったら

わたしたちは重さに耐えられず

落ちて地を生きなくてはいけなくなります

地を生きるには

空にむかって家を、建物を、歴史を、価値観を、未来を打ち立てなくてはなりません

地は構築の世界

強い風が吹けば波に簡単に流されてしまうのに

地上では懲りもせずなんどもなんども積み上げては壊されたと言って泣く

けれどほんとうは

風には善意も悪意もないのです

手に入れると同時に奪われるのはあたりまえのこと

浮かべば沈み

進めば戻り

終わればまた始まるのだから

わたしたちは落ちない限りあてどなく風との戯れをくりかえすだけです

風は

わたしたちに教えてくれます

わたしたちが完成したとき

わたしたちはそもそも風であったことを

わたしたちは風と何の変わりもないことを

あらゆるものに風がやどっていることを

かたちが異なっても結局は同じであることを

そして

わたしたちは風を通じてどこまででもいけることを

風と混ざり合って同一になり

風の織りなす織物の中に組み込まれたあと

わたしたちは内からすべてを失い

わたしたちは世界を再現するために

また一から身体を探しはじめるのです