月を失くす

 

鏡の前に立つと

僕の胸の真ん中に

マグカップ大の穴が空いていて

Tシャツもろともくり抜かれているから

きれいに空いた真ん丸の穴から

向う側の部屋が見える

胸にぽっかりと穴が空いた

と、僕は声に出してみる

痛みもなく

違和感もない

穴の縁を指でたどると

新品のトイレのように

つるん、と滑った

 

休み時間に

流れていく廊下で

ちらほらと視線を吸い込む

胸に空いたぽっかりと穴

教員室の

無感動な波の上に

浮かんでいる僕とぽっかりと穴を見つけて

誰かが手招きをする

 

「君は君の月を失くしたんだ」

ぼくはぼくのつきをなくした?

「地球と同じようにね」

ぼくとちきゅうがおなじように?

「元々月は地球の一部だったが

ある時なぜか千切れて離れた

月を失った地球は

その残された巨大な穴を

やり場のない涙で埋めた

それがいまの太平洋なんだ」

ふうんそうか

僕は僕の月をなくしたのか

じゃあ僕の月はどこにいったのか?

そもそも僕は月をなぜ失くしたのか?

 

帰り道で

柔らかく乾いた風を受け

軽い足取りと共に弾む

穴に空いたぽっかりと胸

この空いた胸を涙で満たして

そこに魚を泳がせたら

どんなにか素敵になるだろう

 

でも、

と僕は立ち止まる

 

僕の胸には底がないから

地球の真似をして

大きく泣いてみたとして

底のない穴にいくら涙を流しても

ざあざあと雨が降るだけか

 

ぽっかりが胸に穴と空いた

 

僕は太平洋を見下ろせる丘の

草の上に寝転がりながら

君がうらやましいな

地球(きみ)に語りかけてみる

地球(きみ)は回転りながら言う

太平洋(あいつ)

胸に抱えながら生きるってのも

なかなからくじゃないんだな、これが

 

ふうん、そんなもんなのかな

うん、そんなもんなんだよ

 

空いた穴にぽっかりが胸と

 

そして僕達はビール片手に回転りながら月を待つ