詩と批評のあいだ 引用文献・参考文献

引用文献・参考文献


リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』藤本和子訳、新潮社、二〇〇五
藤本和子『リチャード・ブローティガン』新潮社、二〇〇二年
『フランクリン自伝』岡田忠軒訳、潮出版社、一九七三年


村上春樹『村上春樹全作品1979~1989①~⑧』講談社、一九九三年
同右『村上春樹全作品1990~2000①~⑦』講談社、二〇〇四年
同右『海辺のカフカ』新潮社、二〇〇二年
同右『アフターダーク』講談社、二〇〇四年
同右『東京奇譚集』新潮社、二〇〇五年
同右『1Q84 BOOK1』新潮社、二〇〇九年
同右『1Q84 BOOK2』新潮社、二〇〇九年
同右『1Q84 BOOK3』新潮社、二〇一〇年
同右『雑文集』新潮社、二〇一一年
同右『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋、二〇一三年
同右『女のいない男たち』文藝春秋、二〇一四年
同右『騎士団長殺し』新潮社、二〇一七年
同右『若い読者のための短編小説案内』文藝春秋、一九九七年
同右『走ることについて語るときに僕の語ること』文藝春秋、二〇〇七年
同右『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文藝春秋、二〇一〇年
同右『職業としての小説家』スイッチ・パブリッシング、二〇一五年
村上春樹、村上龍『ウォーク・ドント・ラン』講談社、一九八一年
河合隼雄、村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』新潮社、一九九八年
小澤征爾、村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』新潮社、二〇一四年
川上未映子、村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社、二〇一七年
加藤典洋『村上春樹イエローページ1』幻冬社、二〇〇六年
同右『村上春樹イエローページ2』幻冬社、二〇〇六年
同右『村上春樹イエローページ3』幻冬社、二〇〇九年
柄谷行人「村上春樹の『風景』――『1973年のピンボール』」『終焉をめぐって』講談社学術文庫、一九九五年
河合隼雄ほか「現代の物語とは何か」『こころの声を聴く ー河合隼雄対話集ー』新潮社、一九九五年
河合俊雄『村上春樹の「物語」 夢テキストとして読み解く』新潮社、二〇一一年
阿部公彦「村上春樹とカウンセリング」『幼さという戦略』朝日新聞出版、二〇一五年
近藤裕子『臨床文学論 川端康成から吉本ばななまで』彩流社、二〇〇三年
岩宮恵子『増補 思春期をめぐる冒険 心理療法と村上春樹の世界』創元社、二〇一六年
浅利文子『村上春樹 物語の力』翰林書房、二〇一三年
柴田元幸『代表質問 16のインタビュー』朝日新聞出版、二〇一三年
柴田元幸編・訳『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』株式会社アルク、二〇〇四年
内田樹『村上春樹にご用心』アルテスパブリッシング、二〇〇七年
内田樹『もういちど村上春樹にご用心』文藝春秋、二〇一四年
宮脇俊文『村上春樹を読む。全小説と作品キーワード』イーストプレス、二〇一〇年
小山鉄郎『村上春樹を読みつくす』講談社、二〇一〇年
「特集 村上春樹ロングインタビュー」『考える人』新潮社、二〇一〇年夏号
「魂のソフト・ランディングのために–21世紀の「物語」の役割」『ユリイカ』青土社、二〇一一年一月臨時増刊号


J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』野崎孝訳、白水社、一九六四年


J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』野崎孝訳、白水社、一九六四年
J・D・サリンジャー『フラニーとズーイー』野崎孝訳、新潮社、一九七四年
J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』野崎孝訳、新潮社、一九七四年
J・D・サリンジャー『大工よ、屋根の梁を高く上げよ・シーモアー序章』野崎孝・井上謙治訳、新潮社、一九八〇年
J・D・サリンジャー『ハプワース16 一九二四』原田敬一訳、荒地出版社、一九七七年
ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史訳、晶文社、二〇一三年
マーガレット・A・サリンジャー『我が父サリンジャー』亀井よし子訳、新潮社、二〇〇三年
村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文芸春秋、二〇〇三年
 

詩と批評のあいだ ⅰ そのなかで一緒に泳ぐこと——あとがき

そのなかで一緒に泳ぐこと–あとがき

  
 たとえばある本を読んでグッときて、その本について何か文章を書こうとする。自分が感じたことをありのままに誰かに伝えたいと思う。でもその作品について書けば書くほど、論じれば論じるほど、わたしの書いたものは作品そのものから離れていってしまうような、作品に溢れでている魅力を手ですくってそのまま誰かのもとへ急いで運ぼうとしているのに、走っているうちに、一滴、また一滴、と、手のすきまからこぼれ落ちていって、息を切りながら辿りついたときにはわたしの濡れた手のひらしか見せられないような、そんなやりきれなさに襲われることが多かった。
 不毛な水運びをくりかえすうちにだんだんわたしは無力感に陥っていった。作品、それも圧倒的な熱量で書かれた作品に対して、それを読むこと以外に読者のわたしたちができることなど本当は何もないんじゃないか。せいぜいできるとすれば、読ませたい誰かをそこまで連れていくガイド役か、白衣にマスクをして作品を解剖する医者ぐらいのものではないか。でもわたしはどちらの資格ももっていないし、あまりやりたくもない。そんなわたしが作品に対してできることがあるとすれば、作品を外から語るのでもなく、作品をバラバラに分解するのでもなく、むしろ、わたしが作品の内側に飛び込んで奥深くまで潜り、底にあるエッセンスのようなものを抽出してくることなんじゃないか。そしてより深く潜るためには、浸透圧を同じにするみたいに、その作家の声にできる限り同化するしかないんじゃないか。
 そういうわけで最初に書き上げたのがブローティガンの『アメリカの鱒釣り』論のようなものだった。まだ元気だったころのブローティガンと一緒に泳ぐのはとてもとても素敵なことだったし、どこまでがわたしでどこまでが彼なのかわからなくなるまで混ざり合ってしまうことで、作品固有の「声」を失わずにすむ気がした。それからジョナサン・サフラン・フォアの『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』に思い切り深く潜り、ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』ではバシャバシャ遊んだ。結局、全部で十回、九人の作家について、詩と批評のあいだの度合いをかえながら泳いでいる。深さや広さや温度の違う水の手触りをそれぞれ好きなように楽しんでいただければと思う。

 以下、各作家について簡単に述べておく。

 
Ⅰ ミランダ・ジュライ
 一九四七年生まれ、ロサンジェルス在住。映像作家であり、パフォーマンス・アーティストでもある。二〇〇五年にカンヌ映画祭でカメラ・ドールほか四つの賞を受賞した長編映画『君とボクの虹色の世界』では、脚本・監督・主演をつとめ、可愛らしいがちょっと変でややストーカーっぽくてかなりコワイ女の人を演じている。
 短編集『いちばんここに似合う人』の他、インタビュー集『あなたを選んでくれるもの』などがある。いずれも岸本佐知子翻訳。いずれもやっぱちょっと変。

Ⅱ ジュノ・ディアス
 一九六八年ドミニカ共和国生まれ。六歳のときにニュージャージーに移住。短編集に『ハイウェイとゴミ溜め』、『こうしてお前は彼女にフラれる』、長編に『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』がある。後者二つは都甲幸治、久保尚美共訳。
 全米批評家協会賞を受賞した『オスカー・ワオ』がよく取りざたされ、英語にスペイン語を混ぜた文体や、ポップカルチャーの引用、ドミニカ共和国の歴史的背景といった視点から論じられることが多いディアスだが、その根底にあるのは登場人物への深い愛情だ。モテるイケメンの兄をもってしまった弟たちの万国共通の苦悩にディアスはそっと寄り添ってくれる。

Ⅲ チャック・パラニューク
 一九六二年生まれのアメリカの作家。ウクライナ系の家族に生まれ、ワシントン州バーバンクのトレーラーハウスで育つ。日本では『ファイト・クラブ』以外に読める彼の著作はあまり多くないが、『サバイバー』『チョーク!』『ララバイ』といった作品を池田真紀子が翻訳している(今は絶版)。既存の小説のあり方に強く疑問を呈すパラニュークは、わたしたちの日常に切り込むような鋭いテーマを、アイディアに富んだ語りで描く。
 『ファイト・クラブ』はデヴィッド・フィンチャーが一九九九年に映画化したものの方が有名かもしれない。ブラッド・ピットがタイラー・ダーデン役を演じ、今でもカルト的な人気を誇っている。
 
Ⅳ ブライアン・エヴンソン
 一九六六年アメリカ・アイオワ州生まれ。敬虔なモルモン教徒として育つが、一九九四年に発表したデビュー作があまりにも冒涜的すぎるとして破門される。離婚し、職も失った。今ではゲームソフトやホラー映画のノベライゼーションも手がけている。
『遁走状態』『ウインドアイ』の翻訳者の柴田元幸いわく、エヴンソンは「ニュー・ゴシック」ならぬ、「ニュー・ニューゴシック」の筆頭。今日のゴシックのあり方について考える際に最も重要な作家の一人であると思われる。

Ⅴ リチャード・ブローティガン
 一九三五年アメリカ・ワシントン州生まれ。父親は不在、母もほとんど家におらず、生活保護を受け、9歳のころから工場で働いていた。貧しくて悲惨な幼少時代を送っていたが、二十歳になると家出をし、たどりついたカリフォルニアで詩人として身を立てるようになる。
 一九六七年に発表した『アメリカの鱒釣り』でポストモダン時代の寵児となったけれども、いつしかその成功は忘れられ、一九八四年、四十九歳のときにピストル自殺を遂げた。意味を脱ぎ去り、自由なイメージの世界をつくりあげたものの、少年時代の暗く重い残像からはついぞ自由になれなかった。

Ⅵ 村上春樹
 一九四九年京都に生まれ、芦屋で育つ。毎年ノーベル賞騒ぎがおこる。毎日走っている。

Ⅶ・Ⅷ J・D・サリンジャー
 一九一九年、ニューヨーク州マンハッタンに生まれる。伝記的事実は本論を参照してください。
 新作が心待ちにされるなか、沈黙したまま二〇一〇年に死去した。

Ⅸ 村上龍
 一九五二年佐世保生まれ。武蔵野美術大学在学中の一九七六年に『限りなく透明に近いブルー』でデビュー。今ではすっかり「カンブリア宮殿のおじさん」になってしまったが、初期の作品は非常に力強い。

Ⅹ ジョナサン・サフラン・フォア
 一九七七年、ワシントンDC生まれ。ユダヤ系アメリカ人作家であるフォアは、口語的で軽い文体を用いながらも、前作『エブリシング・イズ・イルミニネイテッド』では自身の祖父のルーツ・ウクライナの歴史、本作『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』では世界同時多発テロ、ドレスデン空爆といった歴史の悲劇へといつのまにか入り込んでしまうような、軽重合わせもった作風を特徴とする。
 奇妙なカタコト英語や、『ライ麦畑』を思わせる少年の語りといったナラティブの面だけでなく、写真の挿入や書き込みといった視覚的効果も行う実験的な作家であるが、「遺された者たちはどう生きるのか」(by 近藤隆文)という切実なテーマを真摯に追い続けている。

 
 ここで扱った作品や作家たちをそもそもどういった基準で選んだかといえば、単純にわたしが「グッときた!」「ハートフル!」と感じたものを集めたわけなのだが、それはつまり言い換えてみれば、人の心というものへの多面的で深い理解だ。彼らは主人公を、そしてあらゆる登場人物を、非常によく観察しながらも価値判断を早急に下して断罪することがない。多面的な人物を多面的なままに描き、人々の持つ弱さをありのまま受け入れようとする彼らの態度は、最終的に「許し」の姿勢となって文章に表れている。
 といってもただ一人、村上龍はここに収めた作家のなかでやや異色であるかもしれない。彼はどちらかといえば「許し」ではなく「怒り」の作家だ。それでも彼を入れたのは、やはり村上春樹との関連だった。同じ名字を持ち、同じように港町で育った同年代の彼らを並べて論じることはもはや無意味だといった批判もあるが、村上龍作品においては、嫉妬や、自意識のしがらみ、どろどろとした悪意や憎悪、そして尽きることのない怒りという、村上春樹作品では決して描かれない悪のあり方が描かれており、いわば、同じ名によって印づけられた村上春樹の「影」として機能している作家であるとわたしは考えている。
 だがとにかく、集めてみてはじめて浮かび上がってきた共通項は、みな「閉じ込められている」という感覚を強く有しているということだった。彼らは実に多種多様な形で閉じ込められている。自分で籠るものもいれば、誰かに押し込められているものもいるし、外部的な要因によって閉じ込められることを余儀なくされているものもいる。けれども程度の差こそあれ、彼らはみな、その閉塞感からなんとか抜け出ようとして、あるものは妄想やユーモアによって浮遊し、あるものは失敗してさらに閉じこもり、あるものは壁そのものをブチ壊し、またあるものは逆に深く潜ることで壁を抜けようとしている。ここにあるのはそういった閉じ込められることへのさまざまな「破壊」の形態なのだ。きっかけはバラバラで、現実的なカタストロフィーだったにしても、もっと個人的な次元の問題だったにしても、そこから這い上ろうと汗や血を流し、よりよく生きていこうともがく彼らの切実な姿は、多かれ少なかれわたしたち自身の姿でもあり、だからこそ、わたしは彼らの文学にグッとつかまれ、そして彼らの作品を別の形で再生してみたくなったのだ。
 もちろん他にもまだまだ一緒に泳いでみたい作家はたくさんいる、エトガル・ケレット、ネイサン・イングランダー、ジュディ・バドニッツ、リディア・デイヴィス、レイモンド・カーヴァー、トルーマン・カポーティ、ラルフ・エリソン、アンドレイ・クルコフ、アリス・マンロー、是枝裕和……。でもとりあえず、まずは九人と泳いだところで、そろそろあがるか、と、地上に出してみることにした。
 こういうふうに作品を論じてみてそれがどのくらい伝わるのかは正直わからない。まったくお手本のないなか手探りでつくりあげたものだからなんだこれは?と不審に思われるだけかもしれない。でも今回の試みによって少しでもわたしが、観光名所になっている湖のほとりで本物のガイドが客につらつらと説明しているなか、その真横を全速力で走り抜け、真っ裸で湖にぶっ込み、ドン引いて騒然としている人々に対し、みんなも飛び込んじゃいなよ!と叫んでいるような、そんなガイドでも医者でもない、なにものでもないなにかに、近づけることになっていれば嬉しい。

 

 

詩と批評のあいだⅨ まばたきのない語り——村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』

Ⅸ まばたきのない語り ——村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』                  

 暗い箱の中、仮死状態だった赤ん坊は全身に汗を掻き始める。最初額と胸と腋の下を濡らした汗はしだいに全身を被って赤ん坊の体を冷やす。指がピクリと動き口が開く。そして突然に爆発的に泣き出す。暑さのせいだ。空気は湿って重く二重に密閉された箱は安らかに眠るには不快過ぎた。熱は通常の数倍の速さで血を送り目を覚ませと促す。赤ん坊は熱に充ちた不快極まる暗くて小さな夏の箱の中でもう一度誕生する、最初に女の股を出て空気に触れてから七十六時間後に。赤ん坊は発見されるまで叫び続ける。
 私たちはみな閉じ込められている。コインロッカーに捨てられたキクとハシのように。プラスチックみたいにツルツルして薄っぺらな現実に一人ずつ入れられて生きている。巨大なコインロッカー。そこには何もない、ドロドロしたものがない、みんなそうだ、上澄みしか見えないように遮断されている。虚像をきかざっている外面、虚構の上に虚構を重ねる。そこには匂いがない。暑さがない。実体がない。私たちはみな同じだ。同じ大きさの同じコインロッカーに入れられた同じ人間。
 街の中心にはビルが立ち並ぶ。私たちは部屋に閉じ込められている。窓際に立って街を見る。雨が降り始める。目の前のガラスには他人の顔と自分の顔が重なって映っている。他人の顔を被っているガラスの中の自分の顔、ガラスの向こう側で煙っている街並、目の裏側に広がっていた島と海、それらは別々な透明な絵になって重なり合い、自分がどこにいるのかわからなくなる。透明な絵の隙間に、顔を残したまま落ちていくように。息が詰まる。水滴が転がる厚いガラスが自分を遮断し閉じ込めていると思う。思いきりガラスを叩く。割れない。私たちは割ることができない。
 私たちは押し込められ、閉じ込められ、物分りよく生きてきた。みんな子供の頃からあまりにも我慢のしすぎで頭の中はモヤモヤして、大人になってからも寝ぼけたような口をきく。解けることのない催眠術にかけられているみたいに。そうだ。子供の頃から何一つ変わっていない、私たちはまだ閉じ込められている。壁はうまい具合に隠されている。巨大なコインロッカー、中にプールと植物園のある、愛玩用の小動物と裸の人間達と楽団、美術館や映写幕や精神病院が用意された巨大なコインロッカーに私たちは住んでいる、一つ一つ被いを取り払い欲求に従って進むと壁に突き当たる、会ったこともないような奴らが私たちの周りによってたかって勝手なことを言い、それでも私たちは壁をよじのぼる、跳ぼうとする、壁のてっぺんでニヤニヤ笑っている奴らが私たちを蹴落とす、気を失って目を覚ますとそこは刑務所か精神病院だ、かわいらしい子犬の長い毛や観葉植物やプールの水や熱帯魚や映写幕や展覧会の絵や裸の女の柔らかな肌の向こう側に、壁はあり、看守が潜み、目が眩む高さに監視塔がそびえている、鉛色の霧が一瞬切れて壁や監視塔を発見し怒ったり怯えたりしてもどうしようもない、我慢できない怒りや恐怖に突き動かされて事を起こすと、精神病院と刑務所と鉛の骨箱が待っている。
 方法は一つしかない、目に見えるものすべてを一度粉々に叩き潰し、元に戻すことだ、廃墟にすることだ。
 つるつるとした現実を語りは容赦することなく剥いでゆく。語りはまばたきすることなく対象を見つめ、ことこまかに描写し、きれいな表面を破って中にある闇をえぐり出す。あらゆる人間に生まれつき含有される悪意、社会の価値観に培養され膨らみすぎた虚栄心、救い難い暴力や性への嗜好は銃声と粘液と血の混ざった音となって、脂肪のようにぶよぶよと膨らんだ会話とともにいつまでも耳にまとわりつく。子供の前で互いの若い愛人と一緒に食事をするイカサマな両親、生魚の頭と骨が詰まったドラム缶の上に乗ってカーテンの隙間から見えるのは弛みきってどこまでが尻でどこからが太腿かわからない豚のような女、その肉の皺が寄り集まっているところに見える白っぽい男性器、その大きさは子供の腕ほどもあるが注射をしすぎてグニャグニャしている、売れなくなって整形手術をした元童謡歌手は醜い子供が生まれて自分の過去が暴かれることを心配し、金色のハイヒールだけをつけて裸で床に転がり涎を垂らしているグルーピーは自ら犯されることを望んで男の腰にしがみつき、体中に斑点のある老人は影を踏まれることを恐れて手の平を噛みながらいけなあああい!と叫び、鉄格子を蹴っても泣き止まない老人に腹を立てた看護人は老人の頬をスリッパで殴りつけて怯えた老人は、はい、はい、はい、はい、はいと弱々しく答えて血を流しながら浴衣がはだけて透明なビニールのおむつがむき出しになり、その声は、匂いは、人を不快にさせ人から人へと悪意は伝染してゆき、イメージが次のイメージへと連鎖し、宙で破裂して殻の破れた言葉からはドロドロと液体が流れ、白い煙を放ちながら熱い腐臭がたちのぼる。それが現実だ。
 人間は美しくなどない。人々は助け合うのではなくて憎しみあうものなのだ。誰かが誰かを必要としているなんて幻想でしかない。自分に触れているもの、自分以外のすべてを憎む。私たちは閉じ込められている。何時間もコインロッカーに放置されて。あるのはただ時間への恐怖、閉じ込められたまま時間だけが過ぎてゆくことへの恐怖。外で音が聞こえる。夏の、長い時間、犬の吠声、盲人の杖の音、駅のアナウンス、自動販売機から切符やコーラが落ちてくる音、自転車の警鈴、紙屑が風に舞う音、遠くのラジオから流れる歌、八人の小学生がプールに飛び込む音、眼帯の老人の咳、水道の水がバケツを叩く音、交差点での急ブレーキの軋み、巣を作る鳥のさえずり、女が肌を擦る音、女の笑い声、そして自分の泣き声、木とプラスチックと鉄と女の柔らかな皮膚と犬の舌の感触、血と排泄物と汗と薬と香水と油の匂い、すべての感覚はこのまま死んでしまうことへの恐怖だけに繋がっているのだ。そこで私たちは細胞が記憶している声を聞く。その声は、こう言っている。お前は不必要だ、お前を誰も必要としていない。
 そうだそれが現実だ。私たちは自分が誰からも必要とされていないのを知っている、必要とされている人間なんてどこにもいない、全部の人間は不必要だ。私たちは自分の腕で休んでいる小さな虫たちを一つずつ潰す。虫は一本の黒い線になって死ぬ。虫を潰すのと同じように、誰かが私たちを閉じ込めて簡単に潰そうとしている。虫は私たちの腕を公園だと思ったのかもしれない、私たちに殺された虫は私たちのことを人間だとはわからなかっただろう、ライオンだと思ったかもしれない、蝶々とは違うくらいはわかったかも知れないが、それと同じように虫みたいに潰されても何から潰されたのかわからないという奴がいる、おそらくそいつらの体は空気で出来ているのだ、ブワブワした風船みたいな奴ら、そいつらはどこまでも追ってくる、私たちは自分が潰される前に潰そうとしてくるものを壊さなくてはならない、潰そうとするものを壊すこと、阻もうとする壁を飛び越えること、ありとあらゆる壁を破壊すること、何のために人間は道具を作り出してきたか? なんのために石を積み上げてきたか? 壊すため、破壊の衝動がものを作らせる、立ちはだかる十三本の高層ビル、窓の外の街は熱暑でゆがんでいる、ビルの群れが喘いでいる、東京が呼びかける、壊してくれ、すべてを破壊してくれ、窓から下を眺める、私たちはある瞬間の自分をイメージする、東京を焼きつくし破壊しつくす自分、叫び声と共にすべての人々を殺し続け建物を壊し続ける自分だ。街は美しい灰に被われる、虫や鳥や野犬の中を歩く血塗れの子供達、そのイメージは私たちを自由にする。不快極まる暗く狭い夏の箱の中に閉じ込められているのだという思いから私たちを解放する。私たちの中で古い皮膚が剥がれ殻が割れて埋もれていた記憶が少しずつ姿を現わす。夏の記憶。コインロッカーの暑さと息苦しさに抗して爆発的に泣き出した赤ん坊の自分、その自分を支えていたもの、その時の自分に呼びかけていたものが徐々に姿を現わし始める。どんな声に支えられて蘇生したのか思い出す。殺せ、破壊せよ、その声はそう言っていた。その声は眼下に広がるコンクリートの街と点になった人間と車の喘ぎに重なって響く。壊せ、殺せ、全てを破壊せよ、赤い汁を吐く硬い人形になるつもりか。怯えていてはいけない、怒れ、壁の前で足踏みをし、逃げて嘘をついて偽の生き方をさせられ、みんなに好かれようと努力をし、頭の中はモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤと曇り、誰か傍にいて優しくしてくれないと生きてこられず、自分の欲しいものすらわからなかった現実を、壊せ、私たちは何が欲しかったのか、何かが欲しかった、何かに飢えていた、あの音、あの音だけ、あの音だけが欲しい、私たちは何一つ手に入れていない、私たちは変わっていない、まだコインロッカーの中にいる、肌を腐らせたまま箱の中に閉じ込められている、この腐った街、ヌルヌルする糸を吐いて繭を作り、外気を遮断して、触感を曖昧にする、巨大な銀色のさなぎのような都市、道路は溶けたゴムの匂いがし、柔らかくぬかるんでベトベト糸を吐き、通りを歩くすべての人々がガラスと鉄とコンクリートにはさまれて足の裏で糸を引き擦るこの街、銀色のさなぎにくるまれて、さなぎはいつ蝶になるのだろうか、巨大な繭はいつ飛び立つのだろうか、糸や繭が、あの彼方の塔が崩れ落ちるのはいつか。夏に溶かされた柔らかな箱の群れ、漂うミルクの匂い、あの箱の一つ一つに赤ん坊が閉じこめられている。心臓音が響く、体のどこかに煮えたぎるものがある。体を切り裂いて煮えたぎるものを取り出しブヨブヨのさなぎの夜の街に叩きつけたい。壊せ、破壊を続けろ、街を廃墟に戻せ。その音は言う。私たちは何一つ変わってはいない、誰もが胸を切り開き新しい風を受けて自分の心臓の音を響かせたいと願っている。夏の柔らかな箱で眠る赤ん坊、私たちはすべてあの音を聞いた、空気に触れるまで聞き続けたのは母親の心臓の鼓動、一瞬も休みなく送られてきたその信号を忘れてはならない、信号の意味はただ一つ。死ぬな、死んではいけない、信号はそう教える、死ぬな、生きろ。十三本の塔が目の前に迫る。銀色の塊りが視界を被う。もうすぐ巨大なさなぎが孵化しようとしている、夏の柔らかな箱で眠る赤ん坊たちが紡ぎ続けたガラスと鉄とコンクリートのさなぎが一斉に孵化するとき、私たちは巨大なコインロッカーの中で新しい産声をあげるだろう。

詩と批評のあいだⅦ 落ちてゆく子供たち——J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』

Ⅶ 落ちてゆく子供たち–J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳)

   
 そもそもお前は誰だって? いや、僕はもちろんホールデン・コールフィールドじゃないよ。奴さんの兄貴のDBでも、大人になったフィービーでもない。兄弟だとか姉妹だか、僕はそんなに近しかったわけじゃないが、でも全くの他人ってわけでもないな。まあホールデンの話をちゃんと読んだ君なら、そんなこと、説明しなくてたってきっとわかるだろう。僕だって《テーヴィッド・カパフィールド》式の、僕は誰だとか、僕がどこで生まれたとか、僕のチャチな幼年時代がどんな具合だったとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたか、とかなんとか、そんなくだんない話はしゃべりたくないんだな。第一、僕は僕の話をするために、こうやってわざわざ喋ってるわけじゃないんでね。
 でもさ、こうしてホールデンの話を僕も実際に読んでみて、自分でも驚いたのは、なんだかあの頃のことがひどくなつかしく思えちゃったことなんだな。この頃っていうと、つまり、もう50年以上のことになるんだが、僕は正直言ってずっと読む気は起こらなかったんだ。彼の本が最初に出たときからね。僕はとにかくあのペンシーっていう学校のことが嫌いだった。そこにいた連中や教師たちのことがさ。僕はまあ、16歳のまま歳をとらないわけだけど、ここにきてからも、とにかく奴らをずっと憎んでたんだな。だって僕はあんなこと–あんまりひどくてちょっと口にはできないけど–されたんだから。でも、今回、やっと思い切ってホールデンの話を読んでみてさ、ペンシー高校のことを、好きとまでは言わないが、なんとなく悪くないように思えちゃったんだ。おかしなもんさ。実を言うと今でもどう思ってるのか、自分でもわかんないんだよ。
 きっと君もそうだったんじゃないかと思うけど、ホールデンの話を読みながら、実際、僕は何度も笑っちゃったね。まったく。とにかく奴さんの話には、こういう奴いたよな、ってつい可笑しくなるってことがたくさんあったんだ。例えばだよ、放校処分になっちまったホールデンが、部屋に荷物をまとめにいく場面があるだろう? そこに隣の部屋からアックリーの野郎がやってくるわけだけど、ここの登場のしかたなんか、いかにも、って感じなんだな。わざわざ訪ねて来た、とかなんとか、そんなふうに見られるのがいやで、何かの間違いで入って来ちゃった、ってなふうにみられたいらしくて、わざとくたびれたみたいに、やあ、って言ったりして。それで、このアックリーってやつは見た目もひどいし、おまけに性格もひどいもんなんだが、とにかく歯がきたねえんだ。まるで苔でも生えてるみたいな、すげえ歯をしてるっていうんだな、ホールデンが言うにはさ。アックリーが食堂で、マッシュ・ポテトに豆とかなんとか、そんなのを口いっぱいにむしゃむしゃやってるのを見ると、胸が悪くなって吐きそうになったもんだって言うんだけどさ、いや、ひどいね、これには笑ったよ。だって本当にその通りだったんだからさ。
 それからさ、ホールデンにはストラドレーターっていうろくでもないルームメイトがいて、実際にろくでなしみたいなやつだったんだけど、こいつの登場シーンも可笑しいんだ。いきなりドアが開いてさ、大あわてにあわててとびこんでくるんだが、確かに奴はいつだって大あわてなんだよ。なんでもが一大事なんだな。それでホールデンのとこへやって来て、両方の頬っぺたを、ふざけ半分にぺたぺたと二つばかし軽く叩きやがったりしてさ。こいつの方は、背が高くって、なかなかの美男子ではあるんだが、中身はだらしないインチキ野郎でさ。部屋の中を上半身はだかのままで歩き回るんだが、自分でもすごくいい身体をしてると思ってるからなんだ。そしてまた、その通りなんだよ。ちゃんと身じまいも整えて、いつだってきれいに見えはする。でもさ、奴がひげを剃るカミソリなんかはいつもすごく錆びててだね、石鹸の泡だとか毛だとかなんとかが、いっぱいくっついてんだ。それに人に頼んで自分の宿題やってもらってるあいだに、自分は女の子とデートしにいったりする調子のいい奴でさ。こういう奴らは外面だけだとはわかっちゃいるんだよ。でもそういう、自分のことをかっこいいと思って見せびらかしてるやつらに限って、実際なかなかカッコよくきまってるってのは、僕としても認めないわけにはいかないんだ。悔しいけどね。
 とにかく、そういうインチキの塊みたいな連中ばっかりのペンシーで、ホールデンだけはちょっとばかし違って見えたんだ。ホールデンだって家は裕福みたいだし、着てる服だとかカバンなんかもちゃんとしてるんだけど、でもだからって、貧しい連中のことをバカになんかしなかった。育ちがいいのを鼻にかけちゃいないんだな、彼は。休みの日には女の子と遊びに行ったりしてるみたいだったけど、でも、そういうのをわざわざ自慢したりもしないしさ。ディベートの授業でみんなが僕にヤジを飛ばしてくるなかでも、ホールデンだけは黙って聞いてくれたしね。そんで、奴さんは他の連中のことをよく観察しててさ、気取って勘違いしてる奴らには、おいプリンス、って呼んじゃうような皮肉っぽいところもあって。ホールデンだけは、ちゃんとインチキなもんを見抜いてたんだ。だから僕が腹のなかで思ってることを、彼が代わりに言ってくれるみたいなところがあった。でもなんというか、それだけじゃなくて、彼には愛嬌もあったから、なんだかんだいってみんなに好かれてたね。そういうわけだから、僕は彼に対して、ちょっとしたあこがれみたいなもんを抱いていたわけなんだが、しかし、今こういうふうに、ホールデンの目から話を読んでみると、意外と奴さんは弱いやつだったんだなって思うよ。そんなこと全然知らなかった、僕は。たしかに奴さんには、せわしなくて、落ち着きのないところはあったけど、昔の僕は、ホールデンみたいになりたいと思ってたんだ。だけど、人のことインチキだってすぐ批判する割に、実は自分だって結構そういうところあるよね。すぐ嘘ついたり、ごまかしたりするし、サリーって子のことインチキだって思ってるくせに、思いつきで結婚したくなっちゃったり。しかも彼女のこと怒らせてポイって捨てられちゃってさ。そのうえ女の子を買おうとして、ポン引きに騙されて金取られたときなんか、泣いちゃったりなんかして、正直みっともないといえば、みっともないよね。
 だけど、だからって彼に対して僕が嫌な風に思ってるっていうわけじゃない。まあ、若干幻滅したようなところもないわけではないけどさ。でも、ホールデンはあまりにも、必要以上に、しっちゃかめっちゃかな目にあっていてかわいそうに思えてくるんだ。クリスマス前に学校おっぽり出されて、どこに行っても落ち着いてあったまれなくて、体調崩して下痢するわ吐くわで、なんだか満身創痍だしさ。最後の方なんか、寒くて凍えちゃって、途中で、変な感じになっちゃってるだろ? 五番街を北に向かってどこまでも歩いて行ってたら、突然、とても気味の悪いことが始まり出した、って。街角へ来て、そこの縁石から車道へ足を踏み出すたんびに、通りの向こう側までとても行き着けないような感じがして、自分が下へ下へ下へと沈んで行って、二度と誰の目にもつかなくなりそうな気がした、って。それで彼は街角へさしかかるたんびに、死んだ弟のアリーに話しかけてるつもりになって、アリー、僕の身体を消さないでくれよ。アリー、僕の身体を消さないでくれよ。アリー、僕の身体を消さないでくれよ。お願いだ、アリー、って言うんだな。なんとか姿も消えずに、通りの向こう側まで行きついたところで、アリーにお礼を言うわけだけど、これは相当まいっちゃってるよな。それから、彼はこう言うんだな。いやあ、こわかったねえ。君には想像できないと思うよ、って。でも僕にはちゃんと想像できるよ。そういう、自分が下へ下へ下へと沈んでいっちゃって、向こう側までたどり着けないような気がして、僕の姿が誰にも見えなくなっちゃうんじゃないか、っていう感覚ってのはさ。そうすると、馬鹿みたいに汗が出だして、ワイシャツも下着も何も、ぐっしょりになって、どこまでも落ちて止まらないような気がしてくるんだ。
 つまりさ、この本を読んでみてはじめてわかったんだが、当時そういうのは僕だけかと思ってたんだけども、実はホールデンだって僕と同じくらいにとっても孤独だったんだな。彼はいっつも軽口たたいてるし、おしゃべりで人懐っこくて、気に食わないものにはノーっていって、自分の好きなように生きてる、ちょっとせわしない楽しいやつ、みたいな、そんなやつだと思っていたけど、でも、怒りだとか、笑いだとかを剥がしてみたときに、そこにあるのは、深い孤独感っていうか、ひどい悲しみ、みたいなもんだったんじゃないかな。なんとなく、僕にはこのホールデンの語っていることが、ぜんぶ「助けて」っていう叫びに聞こえるんだ。ホールデンは、自分はライ麦のキャッチャーになりたいって言うだろう? なんでも好きなものになれる権利を神様の野郎がくれたとしたら、僕は広いライ麦の畑やなんかがあって、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているところで、そしてあたりには大人がいないから、子供たちが崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえるんだ、って。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ、って言う。素敵な夢さ。でも、正直いうとね、この話のなかで一番落ちそうになっているのは、誰よりもまず、彼なんだよな。それなのに、逆に彼のことを支えようとしてやってるのは、彼の妹のフィービーくらいで、誰も彼のことをキャッチしちゃいない。ストラドレーターには幼馴染の女の子盗られた上に殴られるし、スペンサーのじいさんにはねちっこく説教される。夜遅くいろんなひとに電話かけるから、みんなに迷惑がられてさ。泊めてくれようとしたアントリーニ先生だって、ホールデンは疲れ切って眠いって言ってるのに、うるさい人生論垂れて休ませてくれないし。兄貴のDBだって、西海岸にいっちゃってるしさ。フィービーはあまりにもまだ幼すぎて、泣き出しちゃったホールデンを抱きしめながら、怖がって震えちゃってる。こういうのは、とても悲しいことだと僕は思う。だって、あまりにも救いがないじゃないか。自分が落ちて消えていっちゃいそうなときに、ありのまますべて受け入れてくれるような存在がいないっていうのはさ。僕だって、結局、誰にもキャッチしてもらえなかったわけだからね。
 今ホールデンはどうしてるんだろう? 奴さんのことだから、なんだかんだ生き延びて、かろうじて落ちないでやっているのかな。それとも山小屋に隠遁しちゃったかもしれんな。実を言うと、僕はさ、ホールデンからスウェターを借りたままなんだ。返さなくちゃと思っているんだけどね。本当は、あの頃、僕はあんまり彼に話しかけられなかった、というか一度しか話しかけられなかったんだけど、その一度だけ思い切って話しかけたときに、いとことドライブにいくから君のとっくり首のスウェターを貸してくれないか、って頼んだんだ。ホールデンはそんとき歯磨いてて、僕がいきなり話しかけたもんだから、ちょっとばかしびっくりしてたけどちゃんと貸してくれた。でも、僕は窓から飛び降りた時にこのスウェターを着たままでさ。汚してしまって申し訳ないけど、やっぱり借りたものは返した方がいいよね。
 これを読んだ今でも僕はやっぱりホールデンが好きだし、ホールデンのいうことにすごく共鳴するよ。ある意味では、僕たちはたぶん似たもの同士でさ、ひょっとしたら、僕はホールデンであったかもしれないし、ホールデンは僕であったかもしれないわけだけど、それでも、ホールデンがあの高校にいたときに、クラスメイトたちに仮にいじめられたとしても、きっと彼なら、飛び降りたりはしなかっただろうと思うんだ。やっぱりホールデンが僕とは違う、と思うのは、彼には、なんといってもいつだってユーモアってもんがあったからなんだ。それは彼にしかない武器なんだな。誰に対してもユーモアを保てるってことはさ、きっと、なんだかんだいっても彼はみんなのことが好きだったんだろうな。他人のことをよく観察していて、インチキだって思っても、僕なら絶対許せなかった人の汚さだとか、欠点だとかを、ホールデンはたぶん、なんというか、愛してもいるんだよ。そういうのは、やっぱり、うらやましくはあるよね。
 今、僕がいる場所は、まあ、完全な世界だよ。ここでは人はエゴなんか持たないし、憎んだりもしないし、インチキな奴らもいない。ここちよくて、欲しいものはなんでも手に入るから、ものを奪い合うこともない。みんな穏やかで、知的で、すばらしい人ばかりだ。そしてなにより、最初に言ったみたいに、ここにいれば、時間だってそのままだから、僕は年をとることもない。一歳、一歳と年を重ねていくってことがどんなだったか、もう忘れちゃったよ。死んでから半世紀も経ってるはずなのにね。ここのいちばんいいところは、なんといってもみんながそこにじっと留まっているということだ。きれいなものはなにもかもきれいなままなんだ。あの博物館みたいにね。でもさ、僕は、寒くもないし、暑くもないし、暗くもないし、眩しすぎることもないんだけど、そのかわり、誰にもふれることができないみたいなんだな。こうやって君に話しかけていても、正直君がそこにいるのかも実はよくわからないんだ。ねえ、僕がしゃべってること、君にはちゃんと聞こえているかい? 聞こえているのかな。聞こえていればいいんだけど。ここにいれば、僕が死ぬ前に望んでいたものは、ほとんど何もかも揃っているはずなのに、何かからっぽみたいな気がするのは、どうしてなんだろう? 

詩と批評のあいだⅤ 放流されたことばたちのゆくえ——リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』

Ⅴ 放流されたことばたちのゆくえ ——リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』(藤本和子訳)

  

 ことばは、固定されてはならない。ことばは、閉じ込められてはならない。ことばは時間によって、空間によって、絶えず意味をかえ、形をかえ、わたしたちの日常を流れつづける。
 たとえばこんなふうに。

 

 春の日の午後、〈アメリカの鱒釣り〉は「わたし」の友人だ。
 手紙の中で、〈アメリカの鱒釣り〉は言う。
「いくらわたしだって、あの場合はどうにもならなかったよ。階段をクリークにかえることなんかできやしない。」

 

 あるときはまた、〈アメリカの鱒釣り〉は、マリア・カラスをガールフレンドにもつ裕福な美食家だ。
 マリア・カラスは一緒にりんごを食べながら、〈アメリカの鱒釣り〉のために歌を歌う。
 〈アメリカの鱒釣り〉はパイの皮を一緒に食べながら、マリア・カラスに微笑みかける。
 そして〈アメリカの鱒釣り〉とマリア・カラスは、いっぷう変った胡桃ケチャップをハンバーグにかける。

 

 去年の秋、突如としてサン・フランシスコに現れたのは、おそらく〈アメリカの鱒釣りちんちくりん〉だろう。
 かれは脚のないヒステリーの中年アル中で、鳩の群れの中へ突っ込むようにして、ワイン片手にイタリア人の群のどまんなかにいきなり車椅子で割りこんで、いんちきなイタリア語で猥雑に喚き立てる。
「トラ・ラ・ラ・ラ・ラ・ラ・スパ・ゲッ・ティィィ!」

 

 ロンドン。
 かれはアメリカの鱒釣りのいでたちをしていた。夜ごとの殺人のために、アメリカの鱒釣りを衣装としてまとうのだ。かれは肘を山々でおおい、シャツの襟にはあおかけすをつけ、靴紐に絡まるように咲いた百合の花の間を深い川が流れていた。
 凶器 : 剃刀と、ナイフと、それとウクレレ
 やっぱりウクレレでなくちゃ。

 

 もちろん、アメリカの鱒釣りは人の形をしているとは限らない。
 ときに、アメリカの鱒釣りは、上級生たちが1年生の背中にチョークで書く落書きの文字となる。
 〈二〇八〉という名前の猫の暮らす〈アメリカの鱒釣りホテル〉にもなる。
 それから、アメリカの鱒釣り平和行進にもなる。アメリカの鱒釣り平和を支持せよ!
 アメリカの鱒釣り平和パンフ、アメリカの鱒釣りテロリスト、アメリカの鱒釣り検死解剖報告……。
「わたし」が思いつくのはアメリカの鱒釣りペン先。

 

 
わたしは考えていた。アメリカの鱒釣りならどんなにすてきなペン先になることだろう。きっと、紙の上には、川岸の冷たい緑色の樹木、野生の花々、そして黒ずんだひれがみずみずしい筆跡を残すことだろうな……。

 

 リチャード・ブローティガンが作品の中に放った〈アメリカの鱒釣り〉ということばは、ひとつの像を結ばないまま、ことばそれ自体として独立し、47の断章を流れにのって泳いでゆく。〈アメリカの鱒釣り〉が泳いでいったあとには、アメリカの鱒釣りペン先さながら、さまざまな光景のかけらが、ゆらりゆらりと、沈んだり浮き上がったりする。
 草地に柔らかくビール腹みたいに広がっているパラダイス・クリーク。
 雨で街路が溺死人の肺のようにふくらんだサン・フランシスコ。
 肉食植物のローラーコースターのように「わたし」以外の人々を連れ去る秋。
〈アメリカの鱒釣り〉はときに散らばり、破片となる。せむし鱒や、ポルトワインによる鱒死や、墓場の鱒釣りや、鱒釣狂、と姿をかえて、わたしたちの前に不意に訪れる。
〈アメリカの鱒釣り〉はいつもアメリカの鱒釣りなのではない、というわけだ。

 

〈アメリカの鱒釣り〉——そのことばにまとわされた性質はそのまま、『アメリカの鱒釣り』という作品の特質にもなっている。

 

〔科学的見地に基づいたアメリカの鱒釣り分析目録〕

1 主題  中心はないみたいだ。
2 人物  主人公らしい人物もいない。語り手の「わたし」はあかんぼとかの女と旅をしている。ときおり姿をみせる。そして消える。
3 時間  いったりきたりする。それぞれのエピソードにははっきりとした繋がりが感じられない。
4 距離  「わたし」は価値判断を加えようとはしない。近づいては離れて、自分のことについても他人みたいに語る。淡々としている。
5 結論  つまり自由に泳げるということ。

 

 ことばたち——かれらは、突拍子もない比喩をひきつれて、網をつけられることもなく、管理されることもなく、本筋とは関係のない奇想なイメージをつくりだしてゆく。銅像は大理石語で喋る。精液は慣れない光に会うとびっくりして紐状になる。魚たちは歌いながらワースウィック温泉に流れ込む。
「金のキレメが縁のキレメ」と歌う魚ども。

 

 こんなことばたちによってつくられた世界には、普通の論理も通用しない。
 滝は滝と書かれているからといって、一〇〇パーセント滝であるわけじゃない。滝は木立の中の家に通じる白い階段で、手で叩いてみたら、木の音がするかもしれない。犬があまりひどく吠えれば、たちまち風呂場は死人でいっぱいになるかもしれない。
 カッカと腹を立てて帰っていく死人たち。

 

 ブローティガンはことばをあそばせるのが上手だ。支配しようとはしない。彼は何もコントロールしようとはしない。自ら十三個の規則をつくって生活を管理し、自律しようとしたベンジャミン・フランクリンとは大違いだ。

 

〔ベンジャミン・フランクリンの十三徳(抄)〕

  一 節制  飽きるほど食うな、酔うほど飲むな。
二 沈黙  他人にも自分にも利益のないことを話すな。むだ話をするな。
三 規律  自分の物はすべて定まった場所におけ。仕事は一つ一つ定まった時になせ。
四 決断  なすべきことを果たす決心をせよ。決心したことは必ず実行せよ。
五 倹約  他人にも自分にも利益にならないような金を使うな。つまり、浪費をするな。

 

 やつにはユーモアのセンスなんてないんだから。

 

 けれど、フランクリンの影は、『アメリカの鱒釣り』のなかでちらほらしている。まず表紙からして、ワシントン広場のベンジャミン・フランクリン像の前に立つブローティガンの写真なのだ。
 ブローティガンの背後には小さく、ぼんやり、しかし確実に、高く周囲を見下ろすフランクリンの姿が映っている。
〈アメリカの鱒釣りちんちくりん〉が酔っ払って、車椅子から真っ逆さまに落ちたまま大鼾をかいて倒れているときも、手に帽子を持った金属のベンジャミン・フランクリンはその位置から見下ろしていた。
 フランクリンだけではない。さりげない顔をしてすっと通り過ぎていった文章のなかに、ブローティガンとは相容れなさそうな、いかにもユーモアのセンスのなさそうな名前がまぎれこんでいる。バートランド・ラッセル、ウィンストン・チャーチル、ニクソン、リンドバーグ、ヘミングウェイ、アドルフ・ヒトラー。
 いうまでもなく、彼らの名前は、すばらしい大理石の墓標や彫像や、いまいましい教科書なんかに刻まれている。そして、墓碑すらもたず、ぱさぱさに乾いた古パンのみみみたいなちゃっちな板切れに書かれて、雨に消えゆく貧しい死者たちの名前を、死んだあとも見下ろし続けるんだろう。

 

 いつかは、鉄道の駅の隣で熱い鉄板の上に卵を割り落す眠たげな即席料理のコックのような手つきで、めぐりくる季節がこれらの木の上の名前を消してしまう。いっぽう、富める者たちの名は、大理石のオードブルに空までとどく洒落た小径を跑足で行く馬たちの姿のような書体で刻まれて、いつまでも残るのだ。
 墓場クリークで、わたしは夕暮に釣った。ちょうど孵化期で、いい鱒がかかった。死者の貧しさだけがわたしの心を乱した。
 ある日のこと、すっかり陽も落ちて、わたしは家に帰るまえに鱒を洗っていた。そのとき、ふと、こんなことを思った–貧乏人の墓場へいって芝を刈り、果物の瓶、ブリキの空缶、墓標、萎れた花、虫、雑草、土くれをとりあつめて持って帰ろう。それから万力に釣針を固定して、墓地から持ち帰ったものを残らず結わえつけて毛鉤をつくる。それができたら外へ出て、その毛鉤を空に投げあげるのだ。すると毛鉤は雲の上をただよい、それからきっと黄昏の星の中へ流れさっていくことだろう。

 

 ブローティガンが描くのは、アル中でヒステリーで脚のない〈アメリカの鱒釣りちんちくりん〉だ。たった一枚のほうれん草しか入っていないサンドイッチを手にする貧者だ。冬の寒さをしのぐために精神病院にいくことを話す失意の画家たちだ。ちょっと頭の足りない開拓者であったり、お金がなく脱腸のせいでクールエイド中毒になった友だちだ。
 所詮、ベンジャミン・フランクリンはただの背景でしかなく、ウィンストン・チャーチルもアドルフ・ヒトラーもただの修飾語にしかならない。
 愛想のいいアドルフ・ヒトラーみたいな羊飼い。

 

 ブローティガンが泳がせたことばたちは、名前のない弱いものたちを呼び寄せる。そして、貧しさや死や暴力の重さに沈んでしまいそうなかれらを、ことばで浮かばせ、泳がせるのだ。蚤のサーカスだとか、キリマンジャロの麒麟レースだとか、数珠つなぎになって世界に張り渡された電線にとまっている小鳥たちだとか、一見どうでもよさそうな細部に吹き込まれた、ユーモアやイメージの浮力が、その沈みゆく弱い者たちを浮かばせるのだ。
 だからこそ、この話は、ほとんど意味のなさそうな断片だけで構成されている。ブローティガンは中心なんてつくらずに、自由気ままにことばを泳がせる。
 のんびりと釣り糸を垂らして、川辺に座っているブローティガン。
 川の中には、釣りそこねた鱒がたくさん泳いでいるのだ。

 

〔釣り旅および釣りそこねた鱒〕

一八九一年四月七日   釣りそこねた鱒  8
一八九一年四月十五日  釣りそこねた鱒  6
一八九一年四月二十三日 釣りそこねた鱒  12
一八九一年五月十三日  釣りそこねた鱒  9
一八九一年五月二十三日 釣りそこねた鱒  15

 

 そして、ブローティガンの放ったことばたちは、ふわふわと海流にのり、やがて、遠く神戸の港で釣りあげられることになる。

 

詩と批評のあいだ Ⅲ 増幅される声——チャック・パラニューク『ファイト・クラブ』

Ⅲ 増幅される声–チャック・パラニューク『ファイト・クラブ』(池田真紀子訳)
                                         

 ぼくの頬に開いた孔、青黒く腫れた目、タイラーのキスの形に赤く腫れた手の甲の痕、コピーのコピーのコピー。
 ファイト・クラブ規則第一条、ファイト・クラブについて口にしてはならない。
 転んでしまいまして。ぼくはそう説明する。
 ぼくが自分でしたことです。
 ボスが訊く。「毎週末、きみはいったい何をしでかしているのかね?」
 それでも何も言わない。ファイト・クラブは、ファイト・クラブが始まり、ファイト・クラブが終わるあいだの数時間しか存在しないからだ。
 ファイト・クラブ規則第二条、ファイト・クラブについて口にしてはならない。
 ふたたび。
 ファイト・クラブは外見を磨く場所ではない。教会と同じように、恍惚とした言葉にならない言葉が響き、日曜の昼過ぎに目が覚めたときの気分は、救済されたみたいだ。
 生きていることをあれほど強烈に実感できる場所は、ファイト・クラブしかない。
 ファイト・クラブは勝ち負けじゃない。ファイト・クラブに言葉はない。
「怖じ気づいてどん底まで落ちられないなら」タイラーが言う。「そいつは絶対に真の成功を手にできない」
 これは自己啓発セミナーじゃない。
 破壊を経て初めて蘇ることができる。ぼくがそれを知っているのは、タイラーが知っているからだ。
「すべてを失ったとき初めて」タイラーが続ける。「自由が手に入る」
 ぼくは訊く。ぼくはもうじきどん底かな?
 タイラーは唇を湿らせ、てらりと光る唇をぼくの手の甲に押し当てる。
 目を閉じて。
「これは薬品火傷だ」とタイラーは言う。「ほかのどんな火傷よりずっと痛い」
 水と混じると、苛性ソーダは摂氏一〇〇度近い熱を発する。その熱がぼくの手の甲を焦がす。
「苦痛に意識を戻せ」とタイラーが言う。
 これがぼくらの人生最高の瞬間だ。
 最高。
 どん底。
 ファイト・クラブ規則第三条、ファイトは一対一。
 かつてぼくは自分の人生を憎悪していた。疲れて、仕事や家具にうんざりして、それでも状況を変える方法がわからずにいた。
 ぼくが全人生を費やしてそろえた物たち。
 ラッカー仕上げを施したメンテフリーのカリックスの補助テーブル。
 ステッグの入れ子式テーブル。理想の皿一式。次は完璧なベッド。カーテン。ラグ。
 ぼくたちは素敵な巣のなかで身動きがとれなくなっている。かつて所有していたものに、自分が所有されるようになる。
 ドアマンが近づいてきて、ぼくの肩越しに言う。「一目置かれたくて、やたらにものを買いこむ若者は多い」
 営巣本能の奴隷と成り下がったのは、この世にぼく一人というわけではない。以前はポルノ雑誌を手に便器に腰を下ろしていたであろう人々がいまトイレに持って入るのは、イケアのカタログだ。
 コピーのコピーのコピー。
 モンマーラのキルトカバーセット。デザイン担当はトマス・ハリラ、以下のカラーバリエーションをご用意しています。
 ライラック。
 フューシャ。
 コバルト。
 シャイニーブラック。
 マットブラック。
 クリームイエロー。
 ヘザー。
 ぼくの視界をコピーが埋め尽くしている。
「欲しいものがわからないと」ドアマンが続けた。「本当には欲しくないものに包囲されて暮らすことになる」
 欲しいのか、欲しくないのか。
 眠ったのか、眠っていないのか。
 生きているのか、生きていないのか。
 どんな出来事もぼくらのはるかかなたで起きる。何一つ手が届かず、何一つこちらに手が届かない。 
 不眠症的非現実感。
 目を覚ますとそこはエア・ハーバー国際空港だ。
 使い捨ての友が隣のシートから声をかけてくる。
 うまく乗り継げるといいですね。
 ええ、まったく。
 目を覚ますとそこはオヘア空港だ。
 目を覚ますとそこはラガーディア空港だ。
 三週間も眠っていないんです。日常のすべてが幽体離脱体験みたいなんです。
 医者は言った。火曜の晩にファースト・ユーカリスト教会に行ってみるといい。住脳寄生虫感染症患者を見てみるといい。変形性骨疾患患者を。器質性脳障害患者を。ガン患者がその日その日を生きている姿を目の当たりにするといい。
 目を覚ますとそこはローガン空港だ。
 骨疾患、住脳寄生虫感染症、結核。精巣ガン、住血寄生虫感染症、器質性脳障害。
 人と触れ合うことで心を癒しましょう、とクロエは言う。パンツの尻が悲しくむなしく垂れたクロエという名の哀れな骸骨。
 クロエの痛々しさの前では、ぼくなんて何でもない。いないも同然だ。
 ぼくはガンで死にかけている人々をうらやましいと思った。
 目を覚ますとそこはオヘア空港だ。
 ふたたび。
 眠ったのか、眠っていないのか。
 ぼくは生きているのか、いないのか。
 いっそこのまま堕ちてくれとぼくは祈った。
 目を覚ますとそこはウィローラン空港だ。
 ぼくが眠るとき、ぼくは本当には眠っていない。
「そうね」とマーラが言う。「あんたは眠らない」
 眠ったのか、眠っていないのか。
 コピーのコピーのコピー。
 ぼくたちの視界はコピーで埋め尽くされる。
 ぼくのちっぽけな人生。ぼくのちっぽけなクソ仕事。
 ぼくは完全すぎた。
 ぼくは完璧すぎた。
 ぼくは人生のちっぽけな人生に脱出口を探していた。
 北欧家具からぼくを救い出してくれ。
 気の利いたアートからぼくを救い出してくれ。
 そのときぼくはタイラー・ダーデンに出会った。
 タイラーは言った。「おれを力いっぱい殴ってくれ」
 爆発。
「石鹸を作るなら、まずは脂肪を精製する」
 煮立て、すくう。煮立て、すくう。
 ファイト・クラブ規則第四条、一度に一ファイト。
 最初のファイト・クラブは、タイラーとぼくが二人で殴り合っただけだった。
 タイラーの仕事はパートタイムの映写技師だった。リールの切り替えもする。生まれつきの夜型だから、夜勤しかできない。
 世の中には夜型の人間がいる。昼型の人間もいる。ぼくは昼間の仕事しか勤まらない。
 夜型と昼型。
 切り替え。
 あいにく、自動フィルム繰り出し・自動巻き取り機能付き映写機を使う劇場が増えるにつれ、映写技師組合はタイラーをさほど必要としなくなった。
 支部長閣下は言った。排斥とは考えないでくれ。ダウンサイジングだと思ってくれ。
 いや、おれは恨んだりしないよ、とタイラーは愛想よく笑った。
 失うものは何もない。
 おれは世界の捨て駒、世の全員の廃棄物だ。
 切り替え完了。
「グリセリンに硝酸を混ぜるとニトログリセリンができる」タイラーが言う。
 脂肪の塊を水に入れて沸騰させます。
「ニトログリセリンに硝酸ナトリウムとおがくずを混ぜればダイナマイトだ」タイラーが言う。
 すると脂肪の塊が溶け、沸き立つ水面に油脂分だけが浮いてきます。
「ニトログリセリンにさらに硝酸とパラフィンを混ぜれば、爆発性ゼラチンを作れる」とタイラーは言う。
 そうしたら鍋の火を弱め、湯をかきまわしてください。
「ビルだってまるごと吹き飛ばせる。一発で」
 すくい取った脂を、上蓋を全開にしたミルクのカートンに移します。
「大量の石鹸があれば」タイラーは言う。「世界をまるごと吹き飛ばせる」
 煮立て、すくう。煮立て、すくう。
 石鹸のはじまりはじまり。
「太古の昔」とタイラーは言う。「生け贄を捧げる儀式は川を見下ろす丘の上で行われた。何千という生け贄だ。生け贄の死体は薪の山のてっぺんで焼却された。数百人の生け贄が捧げられ、燃やされたあと、白いどろりとした液体が祭壇からあふれ、丘づたいに川へ流れた」
「雨が」とタイラーは言う。「燃えた薪の上に来る年も来る年も降り注ぎ、来る年も来る年も死体が燃やされ、灰で濾過された雨水が苛性ソーダ溶液を作り、それが溶けた生け贄の脂肪と混じってできた白いどろりとした石鹸が祭壇の下から滲み出て、丘の斜面を伝って川へ流れた」
「千年にわたる殺人と降雨の結果、古代人は発見した。石鹸が川に流れこむ場所で服を洗うと、ほかで洗うより汚れ落ちがいい」
「大勢の人間を殺したのは正解だった」
「これを頭から締め出すな」とタイラーが言う。「石鹸と生け贄はワンセットだ」
 ワンセット。
 ファイト・クラブ規則第五条、シャツと靴は脱いで闘う。
 ぼくとタイラーは一卵性双生児のように似てきた。
 ぼくは何か美しいものを破壊したい気分だった。
 タイラーと一緒にいれば何もかも壊せそうな気がした。
 タイラーは、ぼくが闘っている本当の相手は何かと訊いた。
 自分が恵まれなかった美しいものすべて。
 アマゾンの熱帯雨林を焼き尽くしたかった。フロンを空に噴射してオゾン層を破壊したかった。スーパータンカーの放出バルブを全開にしたり、海底油田の蓋を取り除いたりしたかった。ぼくには買って食べるゆとりのない魚を全部殺し、ぼくが行けることのないフランスのビーチを絞め殺してしまいたかった。
 全世界をどん底に突き落としたかった。
 最高だから。
 種の保存のためのセックスを拒絶して絶滅の危機に瀕しているパンダや、海岸に乗り上げる根性なしのクジラやイルカの眉間に、片端から弾丸を撃ちこみたかった。
 絶滅とは考えないでもらいたい。ダウンサイジングだと思ってくれ。
「忘れるなよ」とタイラーは言った。「あんたが踏みつけようとしてる人間は、我々は、おまえが依存するまさにその相手なんだ。我々は、おまえの生活を隅から隅まで支配している。」
 依存と支配。
 最高とどん底。
 石鹸と生け贄。
 ファイトは一対一。
 ぼくとタイラー。
 所有するものとされるもの。
 一度に一ファイト。
 ファイト・クラブ規則第六条、ファイトに時間制限はなし。
 ぼくは駐車場であおむけに寝転がり、街灯の明かりに負けずに輝く唯一の星を見上げながら、きみは何と闘っていたのかとタイラーに尋ねた。
 父親だとタイラーは答えた。
 ぼくらは父親などいなくたって自分を完成させられるのかもしれない。ファイト・クラブでは、恨みを晴らすために闘うのではない。闘うために闘うのみだ。
 ファイト・クラブは、ファイト・クラブが始まり、ファイト・クラブが終わるあいだの数時間しか存在しない。
 タイラーは、ぼくが眠りにつき、ぼくが目覚めるあいだの数時間しか存在しない。
 ぼくは、タイラーが眠りにつき、タイラーが目覚めるあいだの数時間しか存在しない。
 かつて所有していたものに、自分が所有されるようになる。
 タイラーはぼくを殴る。
 ぼくはタイラーを殴る。
 ぼくはぼく自身を殴る。
 コピーのコピーのコピー。
 タイラーはぼくの夢なのかもしれない。
 あるいは、ぼくがタイラーの夢なのか。
 これは夢じゃないはずだ。
「いや」とタイラーは言う。「おまえは夢を見てるんだよ」
 ぼくはまだ眠っている。 
 目を覚ますとそこはオヘア空港だ。
 目を覚ますとそこはラガーディア空港だ。
「おれ、とか、きみ、とかいう概念はもはや存在しない」とタイラーは言い、ぼくの鼻の先を軽くつねる。「おまえもとうに気づいているだろうが」
 おれはきみを殴り、きみはぼくを殴る。
 ぼくはおれを殴り、きみはきみを殴る。
 わかるだろう?
 わからない。
 目を覚ますとそこはどこでもない。
 ぼくたちは誰でもあり、誰でもない。
 ファイト・クラブは存在し、存在しない。
 無。
 ファイト・クラブ規則第七条、今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、かならずファイトしなければならない。
 目をさますとそこは現代です。
 ぼくたちの時代は過ぎ、きみたちの時代になった。
 切り替え完了。
 とっくの昔に飛行機はビルに突っ込み、きみたちの目の前で張りぼては崩れた。
 きみたちはもはや物すら信じていない。
 以前はイケアのカタログを手に便器に腰を下ろしていたであろう人々がいまトイレに持って入るのは、手垢でベトベトになったスマートフォンだ。
 きみはクソを垂らしながら、使い捨ての友達にいいね!を押す。
 でも何も変わってない。きみは疲れて、仕事やSNSにうんざりして、それでも状況を変える方法がわからずにいる。
 きみが全人生をかけて費やしてそろえた写真。
 こちらのレストランではインスタ映えする8種類のカラー小籠包をとりそろえております。
 フォアグラ。
 黒トリュフ。
 チーズ。
 コウライニンジン。
 カニの卵。 
 ガーリック。
 マーラー。
 オリジナル。
 リツイートのリツイートのリツイート。
 コピーのコピーのコピーのコピー。
 きみは素敵なイメージのなかで身動きがとれなくなっている。もはや所有すらしていていないものに、きみは所有されるようになる。
 いいのか、よくないのか。
 欲しいのか、欲しくないのか。
 眠っているのか、いないのか。
 夢をみているのか、いないのか。
 きみはぼくなのか、きみなのか。
 ファイトは一対一。
 今夜、これからぼくはきみに会いに行く。
 今夜、ぼくはきみのこめかみに銃身を突きつけ、質問をする。
 きみは大人になったら何になりたい? この先の人生をどう過ごしたい?
 答えられなければきみはまもなく死ぬ。驚嘆すべき死の奇跡。
 銃口をこめかみに押し付けられたきみは、銃がそこにあること、ぼくがすぐ隣にいること、これは生死に関わる問題で、次の瞬間にも死ぬかもしれないことを痛感するだろうか。
 涙の粒が転がり落ち、銃身に涙の太い線が一本走り、引鉄の周りの輪を伝ってぼくの人さし指に落ちるだろうか。
 きみは何と闘っているのか。
 ぼくは何と闘っているのか。
 水で薄められたすぐにはじける泡なんかじゃなく、祭壇から流れる石鹸のようにねっとりとした濃い生をいきたいと思うだろうか。
 きみはこめかみに銃口を押し付けられたまま、顔をあげ、ぼくにむかって答えられるだろうか。
 きみはぼくの要望に答えられるだろうか。
 ただ一つ。
 そうだ、ぼくを力いっぱい殴ってくれ。

詩「夢追い人とハイエナたち、および地下の生活について」

夢追い人とハイエナたち、および地下の生活について

 

1  夢追い人は地下に暮らしている。

2  夢追い人は言葉を交わさない。

3  地上で埋葬された死者の体から漏れ出す夢が土を濾過して雫となって地下の世界へ夢漏りしてくる。

4  夢追い人たちは垂れてきた夢を瓶に入れ密閉し棚に並べて保管する。

5  1つの巣穴につき500ほどの夢が収集され、集められた夢は中枢へと伸びるチューブに接続される。

6  そのチューブはマザーの体につながっており、集められた夢がマザーの眠りに点滴されることになる。

7  マザーに直接会ったことのある者はいまのところ一人もいない。

8  夢追い人は眠らない。絶えず夢を採取してマザーを育てているうちに彼らの生はいつのまにか終えられる。

9  昔、夢とは生きているときに見るもので、地上のいたるところにありふれていた。人間だけでなく動物や植物も互いに夢で会話をするのが常だった。夢で話しているうちはハイエナたちも他の動物たちと同じように意地悪ではなかった。

10  やがて生き物が増加し、体系が複雑化したことによって、夢を共有することができなくなってしまった。

11  長年の苦労の末、新しいコミュニケーションの手段として言葉が作り出された。

12  するとだんだん人は生きている間に夢を見なくなり、夢は死者だけのものとなった。

13  そして深刻な夢不足になりハイエナたちの数が増え始めた。夢不足が進んだからハイエナたちが増えたのか、あるいはハイエナたちが増えたから夢不足になったのかはわからない。

14  地面に大きな穴がいくつか出現しはじめたのもそれと同じ頃だ。

15  人間のなかで、ある種の者たちがうっかり穴に落ちるようになった。

16  穴に落ちた者は地下に暮らす。

17  どうやって地下の住人となるのか説明しよう。穴に落ちた者はまず漂白させられる。地上の言葉を地下に持ち込まないように着ていた服はすべて捨てられ、消毒液のシャワーを浴び、漂白剤の風呂に沈められる。ちなみに、この風呂はマザーの胎盤液と同じ成分でできている。

18  浮かんできた者から順にカプセルを着せられる。このカプセルは今あなたが想像したような硬いものではなく、着ぐるみ状で可動式のカプセルだと考えてほしい。

19  その頃にはもうすっかり彼らから地上の記憶はなくなっている。

20  それからそれぞれ巣穴に導かれ夢追い人としての生活を始める。

21  そして彼らの生はいつのまにか終えられる。マザーのために。

22  地上にはハイエナたちがのさばっている。ハイエナたちはぺちゃぺちゃ喋る。ハイエナたちは人間たちに自分で手を下すことはない。彼らの手口は人間たちが争いを起こすように物を隠したり、人間の姿に変装して誤解を生んだりといったようなものだ。間接的に人間たちの殺しあいを助長し、そこから生まれた液状の憎悪や嫉妬を食べて生きる。

23  だから地上は危険な場所なのだ。

24  と、いうことになっている。

25  けれども地上の記憶をもっている者は地下にはいない。少なくとも夢追い人のなかには。

26  マザーは一生目覚めることがない。マザーは集められた夢を栄養にひたすら眠り続ける。

 

 

(『現代詩手帖』二〇一七年十月号新人作品再掲)

詩と批評のあいだ⑤ 父の物語、あるいは——村上春樹クロニクル

父の物語、あるいは——村上春樹クロニクル

深沢レナ

 

 

 村上春樹はいつから僕たちに嘘をつかなくなったのだろう?
 2015年、村上春樹が小説家として自身の歩みを綴った『職業としての小説家』というエッセイのようなものが発売された。多くの彼のファンと同様、近年の作品はあまり好きになれないけれどもとりあえず彼の新刊が出ればすべて手に取ることにしている僕は、発売日の数日後に紀伊国屋でそれを買って読み出したのだが、正直言ってそこに書かれている言葉のあまりの素直さにいささか驚きを感ぜずにはいられなかった。そこで彼はあまりにも普通に、せきららに、自分の歩んできた道や小説家のあり方についての理念を語っていた。その上そこに書かれている内容には真新しいものはほとんど見受けられなかった。それらは彼が今までに出したエッセイや、読者とのメールのやりとりの中で繰り返し言い続けていることがほとんどだった。その一方でそこにはもうかつてのように、油断しているとすぐに隠し事をしたり、くだらない冗談を言ったり、嘘を言って読者を騙していた頃の彼の軽やかさはなく、新しい書き手のために真面目に話をしなくてはならないという重厚な責任感が滲みでていた。おそらく村上春樹という作家はあまりにも大きな存在になりすぎてしまったのだ。僕は彼から失われたしまった何かを想っていささか悲しい気持ちになり、最後まで読み通すことなくそのまま本を閉じた。
 村上春樹が神戸の古本屋でアメリカの作家たちのペーパーバックを買っていたのとおおよそ同じように、僕も中学の頃から学校が終わるといつも駅前の古本屋に寄って100円とか200円のタグを貼られた村上春樹の本を買い漁ったものだった。最初に読んだのはたしか『羊をめぐる冒険』だったと思う。別に理解なんてしていなかった。北海道の歴史に関する記述ははっきりいって退屈だったし、羊男なるものが意味するところもよくわからなかったけれど、不思議と彼の文章を読んでいるといつもより息がすっと抜けるような気がした。それは学校で読まされていた三島や太宰や芥川の文章とは明らかに違う種類の言葉だった。コテコテの装飾もなく、ウジウジとした自意識もなく、小説家につきものの読んでいるこちらを見下してくるような選民意識もなかった。なによりそれまで日本の小説に感じていたなんとなくベタっとした感触がまったく感じられなかった。そういう風通しのいい小説を読むのは僕には初めてのことで、そんなタイプの文章が存在するということは当時僕にとってとても大きな発見だったのだ。それから僕は『風の歌を聴け』を読み、『1973年のピンボール』を読み、村上朝日堂シリーズを読み、高校にあがるときには気づけばすでに村上春樹という小説家の世界にどっぷりとはまりこんでいた。
 あくまで僕にとってはということだけれど、その頃の村上春樹は思春期の少年にとって本当に必要なこと——次に何を読むべきか——を教えてくれる貴重な、かつ唯一の存在だった。彼の小説を読み終えると今度は彼の翻訳したレイモンド・カーヴァーやスコット・F・フィッツジェラルドやティム・オブライエンといった作家の小説を読み、それもだいたい読み終えると彼がエッセイの中で言及していた本を片っ端から読んでいった。彼は特別親切なわけでも面倒見がいいわけでもなかったが、彼の後ろになんとなくついていっていれば、たどり着いた先にはちゃんと面白いものがあった。彼は言うなれば、ちょっと年のはなれたいとこのような存在だったのだ。「めくらやなぎと眠る女」のなかで、耳の悪い年下のいとことバスに乗って新しい病院まで連れて行ってくれた「僕」のように。
 だからこそ2009年に『1Q84』が発売される前のある種のお祭り騒ぎのようなものに僕は戸惑いを隠せなかった。僕はその頃にはもう大学生になっていたのだが、それでもときどき本棚から彼の本を取り出しては読み返したりしていた。『1Q84』の発売日前日には本屋の前に行列ができていて、深夜から彼の本を求めて並ぶ人々の様子がTV中継されていた。いざ発売されてみると、あらゆる本屋が彼の本をジェンガのようにうず高く積み上げ、いたるところでリトル・ピープルやふかえりのことが話題となり、すぐさま「『1Q84』解説本」が出回り、ニュース番組ではその小説世界の図解すら行われていた。月が二つあるやら、さきがけはオウム真理教であるとかなんやら。
 思えばその頃が「村上春樹現象」の最盛期だったのだと思うけれど、僕はそういった村上春樹をとりまく熱狂のモードに辟易せざるをえなかった。いったいこれはなんなんだ。年上のいとこのような存在だった彼は、もう僕にとって親密な存在ではなくなっていた。それに加えて実際に自分でも『1Q84』という小説を読んでみて、その物語や人物設定になんとなく違和感を抱くこととなった。なにより文章があまりにも説明的でわかりやすすぎた。かつて村上春樹の小説の中にあった余裕や、言葉への不信感といったものはどこにいってしまったのだろう。僕の中に生まれたそれらの違和感は、次の年に続編が出版されたときによりくっきりと明確に形をもつようになった。青豆だとか天吾だとかいった名前や泥臭くて汗臭い設定は、好きではないけれどもまあ許せなくはない。しかし主人公の一人である青豆が、死ぬことを中断して生きることを選択するという話の展開にはどうしても無理があるように思えてならなかったのだ。そこには村上春樹自身の責任感がうまく馴染めずに残っているような、異物のごつごつとした感触があった。その存在は、作品がどことなく不完全であるような印象を僕に抱かせた。僕は『1Q84』を最後まで読み通すことなく本棚の奥にしまった。そして思った。結局のところ、村上春樹という作家は所詮僕にとって通過していくだけの存在だったのかもしれない、と。
 それからも新刊が出れば一応読みはするものの、その度に僕は彼の小説世界にあったはずのものの幻影を思い起こすばかりだった。トニー滝谷が残された妻の服を眺めてもかつて存在したものがあとに残していった欠落感を触知するだけだったように。だから今こうやって村上春樹という作家について何かしらの文章を書く機会を与えられたとき、僕は最初彼の初期の作品について書くつもりだった。そうして僕は彼の作品をクロノロジカルに読み進めていった。彼の昔の作品をゆっくりと読み直すという行為はとても幸福な体験で、それは僕にひそやかに行われる親密な同窓会を思わせた。そこには変わることなく鼠がいて、ジェイがいて、小指のない女の子がいた。208と209という双子がいて、配電盤のお葬式があった。猫の名前に関するどうでもいいような会話がなされ、命をかけた大冒険にはどこかしらのんびりとした時間が流れていた。〈アメリカの鱒釣り〉の日本版のような〈貧乏なおばさん〉が背中にはりつき、4月のある晴れた朝には100パーセントの女の子とすれ違った。そしてそこには突撃隊と彼のラジオ体操の話をする「僕」がいて、それを聞いてくすくすと小さく笑う直子がいた。
『ノルウェイの森』まで読み終えて本を閉じ、赤と緑のあざやかな装幀を見つめながら僕は何をするともなくただぼんやりと考えこんでいた。それらの本の中には軽やかなユーモアがあり、心を震わせる何かへの抑えがたい憧憬があり、結局のところ僕たちにできることは何もないのだという静かな諦念があった。そういったものたちがもうすでに失われてしまったのだと思うと、やはり僕は哀しい気持ちになった。
 けれどもその一方で——以前読んだときにはそんなことはなかったのだが——それらの作品には明らかに足りていないと感じさせる何かがあった。もちろん小説は小説としてどれも素晴らしい出来だったし、軽い表面を装いながらも人間の病というものの深くまで潜り込む深淵さを兼ね備えていた。今でもこれらの小説を読むと物理的に心を突き動かされたし、心の震えを感じさせられたのは確かだ。しかしそれはそれとして、これらの小説たちにはあまりにも救いがなさすぎ、あまりにも「完成」されすぎていた。それは言うなれば「閉ざされた完全さ」だった。美しく完成されすぎてしまった直子の体が結局は死以外に行き着くところをもたなかったのと同じように、そこにある完全な小説たちは、完全であるがゆえに行き場を失っているように僕には思えた。
 それから僕はこのように考えるようになった。『1Q84』に感じたある種の不完全さというものは、作者の過失によって生じたものではなく意図的に志向されたものなのではないだろうか。村上春樹という作家は、その不完全な作品を見せることでしか語ることのできない何かを僕たちに語っているのではないのだろうか。そしてその何かとはまさに、僕が最初その作品に余計な異物ものとして感じた「責任」というものではないだろうか。もしかしたら彼は、ごつごつとした「責任感」をあえて入れ込むことで、「大いなる不完全さ」ともいうべきものの形をつくりあげているのではないか。

     *

 村上春樹の中にはっきりと「責任」というものの萌芽が芽生え始めたのは『ねじまき鳥クロニクル』の頃だった。
 1991年1月17日、湾岸戦争が始まった。クウェートからのイラク軍の撤退を要求するジョージ・ブッシュ大統領(父親の方)が空軍にバグダッド空爆を指示し、本格的な戦争が開始されたのだ。ニュージャージー州にあるプリンストン大学に滞在する予定だった村上春樹は、その日ビザを取るために大使館に向かうタクシーの車内でそのニュースを耳にした。
 不安を抱えながらも到着したアメリカには「準戦時体制」の切迫した空気が漂っていた。プリンストンの街のいたるところに巻かれた従軍兵士たちを讃える黄色いリボン。テレビのニュースで繰り返し繰り返し映し出されるバグダッドを攻撃する空軍機から撮られた画像。兵器の無駄のない美しさと若い兵士たちのクリーンな顔つき。エチゾチックな砂漠の風景と宙に翻る星条旗。暴力と暴力のぶつかりあい、英雄と悪漢。そして街の人々の漂わせる高揚感……。戦争とはそういうものだ。
 次第に戦争が大掛かりになるにつれ、村上春樹はどこかに顔を出すたびに、その戦争に対する日本の貢献についての疑問なり追求なりに直面することとなった。これだけ多くの国が対イラクの攻撃に参加しているのに、どうして圧倒的な経済力を誇る日本が何もしないでいるのか? しかしその問いに対してどんなに論理を並べ立てても、武力の行使を放棄するという憲法を掲げながら自国軍隊を持っている日本の「ねじれ」を説明することはできない。それに何といっても当時の日本の経済力は圧倒的に強かったのだ。リセッションのまっただ中にあったアメリカではジャパン・バッシングが蔓延していた。にもかかわらず日本人は自分たちに不快感を向けられても、その経済力に見合うだけの、国家としての、あるいは文化環境としての意思や方向性を、世界に対してほとんどまったく提示することができずにいた。それを提示できないことに対する危機感は日本人の側にはほとんど見受けられず、そういう状況に対して彼はやはり暗澹たる気持ちにならざるをえなかった。
 そして1991年12月7日、太平洋戦争が始まって50年目の記念日で、一般的な反日感情はピークに達した。彼は妻とともにその日一日家に籠り、一切外に出ることはなかった。プリンストンという穏やかな大学街にあってもあたりの空気はぴりぴりとした感触をまとっていた。戦後生まれの人間だからといって「私は関係ありません」と突き放せるような空気はそこにはなかった。多かれ少なかれ日本人として、自分たちの父親たちが戦争中になしたことについて、歴史的な責任を負い続け、自分たちのうちにそうした記憶を共有物として保存しておかなくてはならない。そう実感させられることになった村上春樹は、五十年前に起こった歴史的事件の中に自分が否応なく含まれるのを感じとる。そうやって時間と空間を超えて歴史とつながるような当時の感覚が、1939年のモンゴル・満州国境と現在の東京を行き来する不条理な物語を形作ることとなったわけだ。
『ねじまき鳥クロニクル』は妻が突然行方不明になり、主人公である夫の岡田亨が彼女の行方を捜索する物語である。所帯をもたない個人が主人公であることが多かった村上作品ではじめて夫婦というものが扱われたのだった。岡田亨はたくさんの登場人物にさまざまな形でコミットメントを迫られる。電話をかけてくる謎の女、近所に住む十六歳の少女笠原メイ、霊媒師の加納マルタと加納クレタ、占い師・本田さんの形見分けをしにきた間宮中尉。多種多様な人物たちが岡田亨のところにやってくる中で、ただ一人彼が本当にコミットしたいと願う妻のクミコだけが逃げていく。だが岡田亨は、あくまで彼女自身の言葉を聴くことを希求し、自ら積極的に彼女を探してそのために闘いもする。彼には「何があっても妻を探しだす」という一貫した強い意志がある。
 岡田亨はやってくる人々に各々の体験談を聴かされる。謎の女はしつこく電話をかけ、笠原メイは死のかたまりみたいなものへの魅惑を語り、加納クレタはいかにして自分が綿谷ノボルに汚されたのかを語り、間宮中尉は五十年前ノモンハンで起こった事件のことについて語る。この小説では一人称が用いられながらも、主人公の視点から離れたところにあるありとあらゆる登場人物の声がつめこまれることによって、水平的に流れる時間に歴史を縦糸にして垂直な流れを取り入れるという、その後の村上作品にお馴染みの手法が本格的に試みられることになったのだ。  
 それまでも村上春樹の小説には初期の頃から「聴く」という行為やそれにまつわるものがよく描かれていた。デビュー作『風の歌を聴け』(1979年)にはじまり、「見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった」『1973年のピンボール』(1980年)、『羊をめぐる冒険』(1982年)で共に旅をするのは「耳」のモデルをしている女の子であり、『世界の終りハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)では老博士によって音が抜かれる。『回転木馬のデッド・ヒート』(1985年)は「僕」による「聞き書き」という形式を利用して書かれた短編集だ。そして『ノルウェイの森』(1987年)では緑や直子やレイコさん、『ダンス・ダンス・ダンス』(1988年)では五反田君といった、多かれ少なかれ心に病を負った人々の話を聴く「僕」という人物が主人公であった。ここに見えてくるのは「聴く」男たちの系譜だ。
 不満を抱くこともなく、人々の話をひたすら聴くという彼らの努力にもかかわらず、彼らが求めるものは、闇のなかをとぶ蛍のようにはかなく消えてしまう。そんな彼らに対し『羊をめぐる冒険』では、もうすでに死んでしまった「鼠」が「僕」に重要な指摘をする。

「キー・ポイントは弱さなんだ」と鼠は言った。「全てはそこから始まってるんだ。きっとその弱さを君は理解できないよ」
「人はみんな弱い」
「一般論だよ」と言って鼠は何度か指を鳴らした。「一般論をいくら並べても人はどこにも行けない。俺は今とても個人的な話をしてるんだ」
 僕は黙った。
                                (『羊をめぐる冒険(下)』)

 何もかもを一般論にしてしまう主人公たちは個別の痛みというものを理解できない。あらゆる物事を数値化し、双子や猫に名前をつけることなく、意味を還元して記号にしてしまおうとする彼らは、たえまなく暗闇にひきずりこまれていく人間の個人的な弱さの重みを受け入れられないのだ。そして「一般論」として片付けられて出口を失った鼠や直子や五反田君は死に、周囲の人物を無自覚に傷つける「僕」は大切な者を失い続ける。その構図は『ねじまき鳥クロニクル』においても変わらない。鼠のセリフは「あなたの中には何か致命的な死角があるのよ」という謎の女の言葉となって反復される。
 『ねじまき鳥クロニクル』は今では第三部までのひとまとまりの作品として認識されているが、もともとは前作『国境の南、太陽の西』の単行本刊行と時を同じくして、第一部1992年から1993年まで連載されたあと、1994年に第一部、第二部が同時刊行された。当初、この作品は未完と断られることなく刊行されたため完成作として受け取られたのだが、1995年に第三部が出て、最終的には三部構成で完成するという異例の形態をとった。
 ではその間にはなにがあったのか? 第二部と第三部が出される間に村上春樹に起こったこと、それは、ユング派の心理学者河合隼雄との出会いだった。河合隼雄は、上下関係を好まない村上春樹がその後唯一「先生」と敬称をつけて呼んでいる稀有な存在であるが、1994年に会って話をした時のことを村上春樹はこう述べている。


 河合隼雄さんとはアメリカに住んでいるときに、何度かお話をする機会を得た。(中略)僕はその当時ちょうど『ねじまき鳥クロニクル』という大変に長い長編小説を書いているところで、物語の深い霧の中にほとんどすっぽりと浸っているような状態だった。自分の物語が自分を含めたまま、どこかに向けて確実に進んでいくのはわかるのだけれど、その「どこに」というのがさっぱりつかめない。あらゆるものが複雑に入り組んでいて、簡単には仕分けのできない状態にあった。おまけに現実と物語とがところどころで薄暗く入り乱れていた。三年くらい片づけをしていない混んだ押入を想像していただければ近いかと思う。
 でも、そういうときに河合さんと向かい合っていろんな話をしていると(小説のことはほとんど話さなかったのだけれど)、頭の中のむずむずがほぐれていくような不思議な優しい感覚があった。「癒し」というと大げさかもしれないけれど、息がすっと抜けた。
                          (『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』)

 村上春樹は河合隼雄に話を聴いてもらうことによって(その対談は河合隼雄『こころの声を聴く』に収録されている)、それまで現代文学において重要な命題だと見なされていなかった「物語」というものに対する物理的な実感を共有することになる。そこで彼の言わんとする「物語」の概念の総体を説明なしで総合的に受け入れてもらえたことは彼にとって大きな励ましとなり、彼の中にある漠然としたビジョンが明確な図を結ぶこととなったのだ。
『ねじまき鳥クロニクル』第二部までの閉じられた物語は、第三部がつくられることによって開かれ、岡田亨は赤坂ナツメグという女性の後継者として新たに「仮縫い」という仕事を始める。「仮縫い」はさまざまな人の話を聞くことのアナロジーとして読めるが、村上春樹自身が河合隼雄に仮縫いされ、「聴く」力を継承されたことによって、一般論に収集してしまうがゆえに「聴く」ことに失敗する物語であった初期から、人々の個別の話に耳を傾ける後期へと「聴く力」の意味の大きな転換がなされる。その結果、なくなった何かを探し求めながらも失うだけだった彼の作品に「救い」という新しい道が開けたのである。
 そして第三部を書き上げてアメリカから日本へと帰国した村上春樹は、地下鉄サリン事件の60人を超える数の被害者に会い、ロング・インタビューをおこない、詳しい聞き書きという形で一冊の本にまとめる。それが1997年の『アンダーグラウンド』であり、次の年にはその続編ともいうべき『約束された場所で』に取り掛かる。後者はオウム真理教信者及び元信者に取材したものだ。この二つの「非フィクション」の中で、彼はもはや「僕」であることをやめ、「筆者」もしくは「私」という形で息を潜め徹底して人の話を聞くことにつとめている。そもそもインタビューという作業は、自分は無色透明な聞き手となって、個別の人々——それも普通の人々——の話に耳をすませ、彼らがどうやって生きてきたのかというそれぞれの物語を自分の中に受け入れ文章化する作業だ。一言で言うなら、それは三人称の作業なのだ。村上春樹は証言者たちの語りという物語をひとつひとつ身をもってくぐり抜け、そしてそのミクロコスモスを重ね合わせることによって、総合的なあるがままのひとつの世界を作り上げたわけだが、それはまさしく彼の敬愛するディケンズやドストエフスキーらの総合小説の形へとつながっていくこととなったのだった。
 その後彼は1999年に中編『スプートニクの恋人』で従来の文体の見納めをすませると、連作短編集『神の子どもたちはみな踊る』(2000年)にて、阪神大震災により何らかの影響を受けた人々の話を全面的な三人称として描く。短いものなら三人称で書けるという確信を得たのち、それを長い作品にもっていくという課題を長編『海辺のカフカ』(2002年)で実践する。ここでは一人称と三人称が章ごとに交代で出てくるという新しい構成を試みられているが、何よりも、主人公がはじめて15歳という年齢にまで引き下げられたのだった。2004年には中編『アフターダーク』にてカメラアイを用いて現代の世界を描いたあと、しばらく新作が心待ちにされていたが、ついに、7年ぶりの長編『1Q84』(2009年)において、完全なる三人称の総合小説——より客観性、多様性をもった集合的責任を著者が負うマクロなコスモス——が完成した。
 2013年には、東日本大震災後に書かれた初の長編である『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が出版された。主人公のつくるが大人になってから、かつての級友たち一人一人に話を聴きにいく物語だ。そしてつくるが唯一強い思いを抱いているガールフレンドを手に入れるために、正面からちゃんと向き合って話を聴こうと決意するところで物語は閉じられている。

      *

 2009年2月「エルサレム賞」を受賞した際、村上春樹はイスラエルに赴き、「壁と卵」というスピーチを行った。その時僕はちょうどニュースでその様子を見て驚いてしまったのだけれど(当時の危うい情勢の中わざわざ赴いて講演をするという彼の積極性にももちろん驚いたが)、公式の場で自分の家族についてふれることのなかった村上春樹が、そこでおそらくはじめて自身の父との関係性について話したのだった。「壁と卵」というメタファーと同時に(それは多くの人を感動させたと同時に多くの人を腹立たせたようだ)、彼が父親から日中戦争の記憶を引き継いでいたことを明らかにしたということは世間で大きな話題を呼んだ。それもそのはずだ。彼は自分自身の親について語るのを好まず、インタビューで父の話を聞かれてもあとからインタビュアーに電話をかけて削除してくれと頼むほどだったのだから。
 しばしば指摘されていることではあるけれど、彼は初期作品の中で父なるものを描くことがなかった。主人公たちは誰にも支配されることなくどこにも属さない個人として設定されていた。家族もほとんど描かれることなく、描かれるとすれば横の関係が圧倒的に多かった。そんな「父の欠如」というものがひとつの特徴であった彼の作品に、やがて父の姿がぽつぽつと描かれるようになる。最初は『神の子どもたちはみな踊る』、それから『海辺のカフカ』や『1Q84』では父の相克や父殺しというテーマが描きだされ、それと同時に『海辺のカフカ』では年長者たちが少年のカフカに何か大事なものを引き渡していく様子が、『1Q84』では青豆と天吾が親となる予兆が示される。現在の段階で最新の長編『騎士団長殺し』(2017年)では、父になった「私」が自身の娘を、TVで放映される津波の光景から守る様子が印象的だった。
 僕は思うのだけれど、そういった横から縦の関係性へという流れの中で、村上春樹という作家自身も「父」となっていったと言えるのではないだろうか。
『1Q84』の執筆中に、彼は実の父だけでなく、精神的な父ともいうべき河合隼雄も亡くしている。そして実の父から引き継いだ「戦争の記憶の遺産」、河合隼雄から「聴く力」を引き渡された彼は、自分自身も「父」になることで彼らから引き継いだものを次の世代に引き渡そうとしているのではないだろうか。かつてから『若い読者のための短編小説案内』(1997年)を出版したり、ウェブサイトではまるでカウンセラーさながら、読者からの何千何万といったメールをすべて読んで出来る限り返事をしていた彼だが、『職業としての小説家』という、まあ言ってみれば指南書みたいなものを書くことで、真剣に次世代の作家のために自分の「技」を伝授しようとし始めたのかもしれない。そう思って棚の奥にしまってあった本を取り出して、もう一度そのモノクロ写真の表紙を見たとき、そこにあるのはもはや涼しい顔をして軽妙洒脱な冗談を言っていた都会的な青年の姿ではなく、僕たちに向かってまっすぐ目を向ける「父親」の姿だ。
 この国はよくなるのだという希望があとかたもなく崩れ去ってから生まれてきた僕たちは、今や自分たちの足元の地面が堅くて不動のものだとは信じていない。四方を海に囲まれたこの国のなかでどこにも行けないという無力感を抱えて生きるというのは、とめどなく回転を続けるメリー・ゴーラウンドに乗っているようなものだ。そんな僕たちが仮そめの救いを求めて小さな閉じた世界へと入ってしまわないように、地下のくらいところから手をのばして僕たちをとらえようとするやみくろに引きずり込まれないように、僕たちがその暗闇に対して正面から向き合うことを恐れて羊に魂を奪われないように、とにかく「悪しき物語」に対抗して「良き物語」をつくるのだ、と村上春樹は東京の地下でかえるくんの助太刀もなく、たった一人闘おうとする。
 正直なところ僕には、驀進してくる機関車に立ち向かおうとするような彼の姿は無謀としか思えない。–だって所詮は小説家でしかないのだ。毎日朝4時に起きて執筆し、午後には十キロ以上走り、それから翻訳をして、食事に留意し、飲酒を適度に控え、夜9時には寝る。機械的な反復を日々続け、誰にでもわかるような容易い言葉で誰にもわからないような道理を説明しようと言葉を紡ぎ続ける。そうやって一生懸命何かと闘っている彼の姿を見ていると、変な話だけれども、僕まで一緒になってだらだら汗をかいてしまう。何かを相手に真剣にとっくみあっている彼を見ていると逆に見ているこっちが苦しくなってくるのかもしれない。笠原メイならこう言うだろう。かわいそうなねじまき鳥さん
 けれどもそんなほとんど勝ち目がないような状況で、わざわざ真っ暗なカビ臭い井戸の中に降りていき、自分も傷だらけになって同じく傷だらけの者たちを救おうとする村上春樹という作家の「大いなる不完全さ」の世界が、彼の全作品をもう一度壁抜けしてきた今の僕には、不完全であるがゆえに完全であるようにも思えてくるのだ。

     *

 村上春樹という僕たちの父はいつからか嘘をつくのをやめた。——ハートフィールドだとか、牧村拓だとかいった類の軽いものだ。
 そしてその代わり、おそらくあらゆる父親が眠りにつく前の子どもに熊やら蜂蜜やらの作り話をするのと同じように、村上春樹という作家は世界中の人々に物語という大きな嘘をつくようになったのだろう。
 それは一見何度も何度も同じモチーフを繰り返しているだけに見えるかもしれない。それにうんざりした人々はこう言うかもしれない。
「またいつもと同じか」
 しかしながら——彼をかばうつもりはないが、一息子として一つの見解を述べておこう。
 反復こそが物語の本質なのだ。あらゆる神話や昔話がそうであるように。

     *

 ところで村上春樹が長らく語らず、そこに欠如していたものは本当に「父」だろうか?
 日本の小説にあるベタッとした感触、文壇的なしがらみ、嫉妬、葛藤、他者への甘えや依存……。
 それから村上春樹に対して未だに根強くありつづける集団的憎悪。
 河合隼雄の著作には『性社会 日本の病理』という日本人論があるが、そういえば、村上春樹の最新短編集の題は『のいない男たち』だった。
 もし仮に——まあそんなことはないとは思うがもし仮に——村上春樹が本当に欠如させたいものを隠すために「父の欠如」を演出していただけだとしたら?
 僕たちは長い時間をかけて父の嘘に騙されていただけなのかもしれない。

 

 

 

 

 

【引用文献・参考文献】

村上春樹『村上春樹全作品1979~1989①~⑧』講談社、一九九三年
同右『村上春樹全作品1990~2000①~⑦』講談社、二〇〇四年
同右『海辺のカフカ』新潮社、二〇〇二年
同右『アフターダーク』講談社、二〇〇四年
同右『東京奇譚集』新潮社、二〇〇五年
同右『1Q84 BOOK1』新潮社、二〇〇九年
同右『1Q84 BOOK2』新潮社、二〇〇九年
同右『1Q84 BOOK3』新潮社、二〇一〇年
同右『雑文集』新潮社、二〇一一年
同右『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋、二〇一三年
同右『女のいない男たち』文藝春秋、二〇一四年
同右『騎士団長殺し』新潮社、二〇一七年
同右『若い読者のための短編小説案内』文藝春秋、一九九七年
同右『走ることについて語るときに僕の語ること』文藝春秋、二〇〇七年
同右『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文藝春秋、二〇一〇年
同右『職業としての小説家』スイッチ・パブリッシング、二〇一五年
村上春樹、村上龍『ウォーク・ドント・ラン』講談社、一九八一年
河合隼雄、村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』新潮社、一九九八年
小澤征爾、村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』新潮社、二〇一四年
川上未映子、村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社、二〇一七年
加藤典洋『村上春樹イエローページ1』幻冬社、二〇〇六年
同右『村上春樹イエローページ2』幻冬社、二〇〇六年
同右『村上春樹イエローページ3』幻冬社、二〇〇九年
柄谷行人「村上春樹の『風景』――『1973年のピンボール』」『終焉をめぐって』講談社学術文庫、一九九五年
河合隼雄ほか「現代の物語とは何か」『こころの声を聴く ー河合隼雄対話集ー』新潮社、一九九五年
河合俊雄『村上春樹の「物語」 夢テキストとして読み解く』新潮社、二〇一一年
阿部公彦「村上春樹とカウンセリング」『幼さという戦略』朝日新聞出版、二〇一五年
近藤裕子『臨床文学論 川端康成から吉本ばななまで』彩流社、二〇〇三年
岩宮恵子『増補 思春期をめぐる冒険 心理療法と村上春樹の世界』創元社、二〇一六年
浅利文子『村上春樹 物語の力』翰林書房、二〇一三年
柴田元幸『代表質問 16のインタビュー』朝日新聞出版、二〇一三年
柴田元幸編・訳『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』株式会社アルク、二〇〇四年
内田樹『村上春樹にご用心』アルテスパブリッシング、二〇〇七年
内田樹『もういちど村上春樹にご用心』文藝春秋、二〇一四年
宮脇俊文『村上春樹を読む。全小説と作品キーワード』イーストプレス、二〇一〇年
小山鉄郎『村上春樹を読みつくす』講談社、二〇一〇年
「特集 村上春樹ロングインタビュー」『考える人』新潮社、二〇一〇年夏号
「魂のソフト・ランディングのために–21世紀の「物語」の役割」『ユリイカ』青土社、二〇一一年一月臨時増刊号

詩と批評のあいだ② ガラスのケースに入れられて ――J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』とグラース家の物語

ガラスのケースに入れられて
――J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』とグラース家の物語

深沢レナ

 

 僕は、歩きながら、ポケットから例のハンチングを出してかぶった。僕を知ってる人に会うはずがないことはわかってたし、天気がいやにしめっぽかったんだ。僕はどんどん歩きつづけ、歩きながら、昔の僕と同じように今はフィービーが土曜日にあの博物館へ行っているということを考えていた。昔僕が見たのと同じ物を、今フィービーはどんなふうに見てるだろう。そしてまた、それを見に行くたびごとに、フィービー自身はどんな変わり方をしているんだろう。そんなことを考えてると、必ずしも気が滅入ってきたというんじゃないが、またさして明るい気持にもならなかった。ものによっては、いつまでも今のままにしておきたいものがある。そういうものは、あの大きなガラスのケースにでも入れて、そっとしておけるというふうであってしかるべきだと思う。それが不可能なことぐらい承知してるけど、やはりそれは無念なことだ。とにかく、そういうことをいろいろ考えながら、僕は歩いて行ったんだ。
                    ——『ライ麦畑でつかまえて』

 

『ライ麦畑でつかまえて』の作中、主人公のホールデン・コールフィールドが妹のフィービーと二人ベッドにこしかけて話し込む場面がある。時期はクリスマス間近。放校処分になったホールデンは両親にばれないようにこっそり妹のところにやってきたのだった。学校のことをフィービーが問い詰めると、ホールデンは学校でのありとあらゆるものごとへの嫌悪をあらわにする。それを聞いたフィービーは彼に対して本質的な質問をなげかける。兄さんは世の中に起こることが何もかもいやなんでしょ。違うのなら好きなものを一つでもあげてみて、と。

ホールデンはしばらく考えてから、しぼり出すようにこう答える。「僕はアリーが好きだ」。アリーというのはホールデンの二個下の弟だったのだが、三年前に白血病で死んでしまっていた。その答えを聞いたフィービーは、現実に背をむけて死んだアリーの思い出ばかり見ているホールデンに腹を立てながらも、彼の切実な言葉——好きなものや大切なものが失われていくのをただ黙って見ていることしかできない現実への憤り——に対して口をつぐまずにはいられない。

 

「アリーは死んだのよ——兄さんはいつだってそんなことばかり言うんだもの! 誰かが死んだりなんかして、天国へ行けば、それはもう、実際には——」
「アリーが死んだことは僕だって知ってるよ! 知らないとでも思ってるのかい、君は? 死んだからって、好きであってもいいじゃないか、そうだろう? 死んだからというだけで、好きであるのをやめやしないやね——ことに、それが知ってる人で生きてる人の千倍ほどもいい人だったら、なおさらそうだよ」
 フィービーはなんとも言わなかった。何といったらいいか、言うべきことが思いつかないときには、彼女は黙っちまうんだ。

 

サリンジャーの作品には、この白血病で死んだアリーの他にも、小説がはじまった時点ですでに死者となっている人間が多く描かれている。そして彼らは主人公たちにとって「すごくいいやつ」だと評されるものがほとんどだ。たとえば代表的なのは、グラース家の物語の中心人物であり、兄弟の精神的支柱になっている長男シーモアだろう。彼が最初に——そして唯一——実体をともなって登場したのは『ナイン・ストーリーズ』の冒頭に置かれている短編「バナナフィッシュにうってつけの日」だが、そこで彼はホテルの部屋で寝ている妻の横でピストルを取り出し、唐突に自殺してしまう。この彼の死がグラース家の物語のはじまりとなっている。また、グラース家の三男のウォルトも同様『ナイン・ストーリーズ』収録の短編「コネティカットのひょこひょこおじさん」に出てくるが、この時点で彼は死者として思い出話のなかに登場するだけだ。そして『ライ麦畑でつかまえて』では先に述べたホールデンの弟アリーと並べて、ジェイムズ・キャッスルという自殺した同級生のことが語られている。サリンジャーの小説においては、「最高にいい人間」というのは物語が始まる時点ではもうすでに死んでいるのであって、それはつまり、こういうふうに言い換えることができるだろう。彼らはもう死んでいるのだから絶対に汚れようがないのだ

彼らは往々にして、ものすごくいい奴だった、信じられないくらい素晴らしい人間だったと評される。だが小説は彼らが死ぬ/死んでいるところからはじめられているために、わたしたち読者はその死んだものたちが実際にはどんな人物であったか直接推し量ることができない。そして舞台から先に一抜けしているから世俗のインチキなものごとに汚される恐れもない。要するに、サリンジャーにとって素晴らしい人間だと思われる者たちは、絶対に汚れることがないようにあらかじめ彼の手で殺されている、というわけだ。

だが死者というものはわたしたちにとって他者ではなく、彼らの実体はそこになく、記憶だけがいつのまにか美化されていってしまう。死んでしまったものたちは、残されたのものたちの記憶のなかで、あらゆる欠点を削ぎ落とされ、純化され、完全な存在となることができる。それに加えてわたしたちにとって非常に都合のいいことに、死者という存在はわたしたち生者を傷つけることがない。裏切ることもなく、説教してくることもなく、とやかく言ってこちらを否定してくることもない。そのためサリンジャーの小説のなかに生きる者たちは死者をあがめてますます美化していってしまう。

しかしもうそれは、自分がつくりだした自己だけの幻想の世界だ。最初は他者であった死者、それも一番遠いところにいたはずの死者を愛せば愛するほど、いつのまにか、わたしたちは世間から隔絶された自分だけの世界に没頭していくことになる。だから死者であるシーモアを愛し、シーモアの読んだ本を読み、シーモアの残した物や言葉を大切にしているグラース家の兄弟たちは、みな俗世間から切り離されることを余儀なくされている。次男のバディは作家だが田舎で隠とん生活を送り、四男のウェイカーは神父である。長女のブーブーだけは主婦として普通の生活を営んでいるが、その下のゾーイーは独身主義の俳優だ。そんな精神性の高い空気を吸って育った末っ子のフラニーが、つきあっている生身のボーイフレンドのエゴにも、大学のなかで現実に身を浸している自分のエゴにも耐えられずに、レストランで倒れてしまうのは当然の帰結なのだろう。グラース家というのはサリンジャーの手によってあらかじめ俗世間から切り離され、特別な才能を持った特別な人々として烙印を押され、永遠に汚れることができないように運命づけられているのだから。彼らはいうなれば、ホールデンが博物館でショーケースをみたときに思った、フィービーをそのなかに入れておきたいという発想をそのまま現実化し、作者によってガラスのケースのなかにきれいなまま密封されてしまった人々なのだ。「グラース(glass)」という名前にあらわされているように。

 

『ライ麦畑でつかまえて』にはホールデンが次のように語る場面がある。

 

しまいに、何をする決心をしたかというと、どこか遠くへ行ってしまおうと決心したんだ。二度と家へは帰るまい、他の学校へも二度と行くまい、そう決心したんだな。フィービーにだけ会って、さよならやなんかを言って、クリスマスのおこずかいを返し、それからヒッチハイクで西部へ出発しよう、そう決心したわけだ。どんなふうにしてやるかというと、まず、ホランド・トンネルまで行って、汽車のただ乗りをやって、次から次と乗りついで行けば、数日のうちに西部のどこかに着くだろう。そこはとてもきれいで、日はうららかで、僕を知ってる者は誰もいないし、そこで僕は仕事を見つけるつもりだったんだ。どこかのガソリン・スタンドに雇ってもらい、ひとの自動車にガソリンを入れたり、オイルをつめたりして働くことを考えた。でも、仕事の種類なんか、なんでもよかった。誰も僕を知らず、僕のほうでも誰をも知らない所でありさえすれば。そこへ行ってどうするかというと、僕は唖でつんぼの人間のふりをしようと考えたんだ。そうすれば、誰とも無益なばからしい会話をしなくてすむからね。誰かが何かを僕にしらせたいと思えば、それを紙に書いて僕のほうへおしてよこさなければならない。そのうちには、そんなことをするのがめんどくさくなるだろうから、そうなれば僕も、もう死ぬまで誰とも話をしなくてすむだろう。みんなは僕をかわいそうな唖でつんぼの男と思い、僕のことはほうっておいてくれるんじゃないか。彼らは自分の自動車のガソリンやオイルを僕に入れさせて、それに対する給料やなんかをくれるだろうから、僕は自分がかせいだ金でどっかに小さな小屋を建てて、そこで死ぬまで暮らすんだ。小屋は林のすぐ近くがいい。が、林の中じゃだめだ。だって、僕は小屋にはしょっちゅうよく陽があたるようにしたいんだから。自分の食べ物は全部自分で料理するつもりだが、そのうちに、結婚したりなんかしたくなったら、同じように唖でつんぼというきれいな娘に会って、二人は結婚するだろう。娘は僕の小屋へ来ていっしょに暮らすことになる。そして、僕に向かって何かを言いたいときには、彼女も他のみんなと同じように、紙にそれを書かなければならない。もしも子供が生まれれば、子供はどっかへ隠しておく。そして本をどっさり買ってやって、僕たちだけで読み書きを教えてやればいい。

 

三十二歳のときに『ライ麦畑でつかまえて』を出版したサリンジャーは、それがニューヨークでロング・ベストセラーとなると、ニューハンプシャーのコーニッシュという田舎に土地と家を買い、高い塀をめぐらせて妻と子供と自分とだけで引きこもった。ホールデンの夢をサリンジャーは実際に実現してしまったのだ。あくまでもホールデンは、これは正気の沙汰ではないといって家に戻ってきたのにもかかわらず。

『ライ麦畑でつかまえて』を書きあげたあと、サリンジャーはもはや普通の人々のことを書くのをやめ、グラース家の物語に没頭していく。精神的な深みを求めて東洋思想にも入れ込み、死んでしまった長男のシーモアの物語を掘り下げようとしたのだ。それでも、『フラニー』や『ゾーイー』や、シーモアの結婚式——もちろんシーモア本人は不在だけれども——を描いた『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』までは、単純に小説としての観点から十分楽しめるものだった。だが、そのあとに書かれた『シーモア−序章』、そしてシーモアが小さいときの日記だという『ハプワース16 一九二四』が発表されると、そこで描かれているシーモアという人物の姿に、そしてそこにある閉ざされた空気に、読者たちは混乱せざるをえなかった。そのなかで絶え間なく抗弁を垂れるシーモアは、読者の前に最初に登場したときの、バナナフィッシュのことを話してくれた青年とは別人だった。それはサリンジャーの心のなかにしか存在しない、観念の生き物でしかなくなっていた。つまり、サリンジャーが自分の手で最初に死なせてしまった、最高に魅力的なシーモアという人間を、過去に遡って記憶のなかでよみがえらせようと語れば語るほど、その姿は、非現実的で、ちぐはぐな、おぞましい生き物になっていったのだ。そこにはもう、『ライ麦畑でつかまえて』でホールデンが級友や教師たちを糾弾し、しかし愛さずにはいられなかった人間味のようなものはなく、作品全体を覆っていた距離感やユーモアの温かな感触は消えてしまっていた。だからわたしたち読者は後期の頃の本を読むとそこに読んでいる人間の入る余地が全くなくて途方に暮れてしまうのだろう。

晩年のサリンジャーは、自分の作品の権利やプライバシーを守ろうと訴訟や裁判三昧で、異常なほど神経質になっていった。若い頃から編集者や出版社や雑誌、批評家といった出版業界に不信感を抱いていたわけだが、そんな彼でも、唯一読者のことは信頼していた。むしろほとんど読者のために書いていたといってもいいほどだ。『フラニーとゾーイー』を出版した際も、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』を出した際も、批評家達の評価は実際散々なものだった。けれども一般読者たちは、売り上げ——1963年のベストセラーとなった——によって、自分たちはサリンジャーの書くものを愛している、ということを証明した。そこにはたしかに作者と読者の揺るぎない信頼関係があったのだ。サリンジャーはそのとき、本の献辞を妻とふたりの子どもたちと読者に捧げている。

だからこそジョン・レノン暗殺事件のことを知ったとき、そしてその殺人犯はサリンジャーの本の愛読者で「自分はホールデンである」と言い張り、ジョン・レノンを殺した理由を『ライ麦畑でつかまえて』のせいにしているということを耳にしたときの彼のショックは大きなものだったにちがいない。またあるいは、そのときにはまだ軽く考えただけだったかもしれない。そんなものは勝手な言いがかりにすぎない、頭のいかれた一人の人間の妄想にすぎない、と。だが翌年に起こったレーガン大統領暗殺未遂事件も同じく彼の本のファンの手によるものだった。そうして世間はサリンジャーの作品に対して疑いの目を向けるようになった。サリンジャーにしてももはや読者のことが信用できなくなったのだろう。彼はさらに孤独に落ち込んでいった。そこにあったはずのあたたかな信頼関係は失われてしまっていた。そうして彼は、かつて献辞を捧げた読者のために小説を書くことをやめ、作品を自分のためだけに書くようになる。

 

「地獄とは何であるか? つらつら考えるに、愛する力を持たぬ苦しみが、それである、と、私はいいたい」

 

短編「エズミに捧ぐ」(『ナイン・ストーリーズ』)において、サリンジャー本人を思わせるX軍曹という人物は、『カラマーゾフの兄弟』からの引用であるその言葉を本に書きつける。その本はX軍曹自身が逮捕したナチスの下級官吏のものだった。戦争については何一つ語るべきではないという姿勢を貫いたサリンジャーにしてはめずらしい人物造形である。

若い頃に入隊を経験したサリンジャーは防諜部隊に属し、戦争の間ほとんどいつもタコツボのなかで過ごしてきたという。サリンジャーの娘が言うには——彼は娘のことを溺愛し、生まれた時にはフィービーという名前をつけようとしたほどだったが——娘に対しても、嘘をついたりごまかしたりすることには異常に腹を立てて尋問をしたという。そして彼は、怒りが落ち着いてから、娘に対し、言い訳をするようにこう述べる。「どうしようもないんだ、それがわたしという人間なんだ」。

サリンジャーは終始、戦争中も、戦争が終わったあとでさえも、このX軍曹と同様、「地獄」から抜け出せなかったのではないだろうか。実際、コーニッシュに家を買い、高い塀をめぐらして籠っても、お節介な記者や身勝手なファンたちは次々に押しよせて彼をそっとしておいてはくれなかった。彼の元恋人は彼からもらった昔のラブレターをオークションにかけた。地元の高校生は学校の新聞のインタビューだと偽って取材した彼の記事を売った。彼の名前を騙って勝手に作品を発表するものたちもいた。誰が敵で誰が味方なのかわからない状況だった。ある意味ではサリンジャーは精神的にはまだ戦場にいて、狭いタコツボのなかで、寒くて肺炎になってしまいそうな辛くて長い戦争の日々が終わるのをじっと待っていたのだろう。

小説家としてのサリンジャーはまるで神を演じるかのように、好きなものたちは死の世界に閉じ込め、生きているものたちもグラース一家という箱にしまいこんでしまった。けれど、もしかしたら、サリンジャー自身も、自分をコーニッシュの田舎——まるで要塞のような家のなか——に隠遁させることによって、自分をガラスのケースに閉じ込めてしまったと言えるのかもしれない。高い塀で覆い、汚れた声が入ってこないようにし、外の世界のことなど何も聞かず、何も言わないようにして。そうやってそのなかに入ったまま、今度は自分が出られなくなり、その結果何も書けなくなってしまったのかもしれない。サリンジャー自身がグラース家の一員となり、すべてが静止した世界に浸ったまま、そこから抜け出せずに、成長することができないままに、死んでしまったのかもしれない。実際、わたしたちが彼の本を開いたときに目にするのは、年をとってからのサリンジャーの姿ではなく、いつになっても三十二歳の頃の写真ばかりだ。

だが、あるいはそれは、一つの究極なあり方ではないだろうか。そもそも、小説や詩を書くという行為は、いつまでも今のままにしておきたい何かを、そのなか——文だとか、単語だとか、コンマひとつひとつ——のなかに、永遠に保存しておくような行為なのではないだろうか。わたしは自分がとっておきたいものを言葉にして、本のなかに保存しておく。そして数年後か、あるいは数十年後に、本屋や図書館や父親の書斎だとかで、通りかかったあなたは、偶然、わたしの本を見つける。そのときまでわたしが入れておいたものは、外の空気に触れず、汚されることなく、入れたときのままの形でしまってある。あなたは、その本をひらいて、わたしが見たものや感じたものを同じように手にとって、遠く離れたところでわたしたちはそれを共有する。といっても、そこに入れておくのはちょっとしたものだ。たとえば、雨のなか回る古い回転木馬だとか、歩道の縁石の上を歩きながら間違った歌詞を歌う子供の声だとか。詩がいっぱい書きこまれた野球のミットでもいいし、ガラスの割れた時計でもなんだっていい。とにかく、そんなものをたくさん入れておいて、それからユーモアをまぶして蓋をする。そしてセックスや暴力については一言も触れずに、ただじっと黙りこくっておくのだ。外の連中に何か話しかけられても、啞でつんぼであるようなふりをして。何かを書くというのは、本来、そういうものではないだろうか。きれいだと思うものをきれいなままの状態で、あなたに届けることができないのだとしたら、わたしたちがこうして身を削って書いていることに、いったい何の意味がある?

 

 

 

*引用文献・参考文献
J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』野崎孝訳、白水社、一九六四年
J・D・サリンジャー『フラニーとズーイー』野崎孝訳、新潮社、一九七四年
J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』野崎孝訳、新潮社、一九七四年
J・D・サリンジャー『大工よ、屋根の梁を高く上げよ・シーモアー序章』野崎孝・井上謙治訳、新潮社、一九八〇年
J・D・サリンジャー『ハプワース16 一九二四』原田敬一訳、荒地出版社、一九七七年
ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史訳、晶文社、二〇一三年
マーガレット・A・サリンジャー『我が父サリンジャー』亀井よし子訳、新潮社、二〇〇三年
村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文芸春秋、二〇〇三年

児童文学おもろー② いたずらっ子による童話——ディーノ・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』

 

いたずらっ子による童話——ディーノ・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』(福音館書店 天沢退二郎/増山暁子訳)

 

深沢レナ

 

 

ブッツァーティといえば長編『タタール人の砂漠』や『神を見た犬』といった短編集の方が有名だろうが、ここでは『シチリアを征服したクマ王国の物語』(福音館書店 天沢退二郎/増山暁子訳)を紹介したい。

この作品は彼が姪たちにせがまれて描いた数枚の絵をもとに書かれたとされ、クマが人間の軍隊と戦うファンタジーである。息子を猟師に誘拐されたクマの王さまは息子を取り戻すために(あと食べ物を失敬するために)山から下りて人間と戦うことにするのだが、単純で素直なクマたちとちがって人間は性悪で残忍でずるがしこい。人間たちの策略にハマることなく王さまは息子を奪還することができるのか? クマと人間たちの戦いがいざはじまる! と、まあだいたいこういう感じの話であって、あらすじだけいえばいたって普通の児童文学なのだが、実際この本を読んでみるとかなりオカシイ。

まずはじめに登場人物が一人ずつ紹介されるのだが、これが相当に語り手の主観の入りこんだ紹介である。たとえば「クマのジェルソミーノ とてもまじめなクマで、もんくなしに信用できる。」「大公 たいへんな見栄っぱりで、一日に七回も八回も服を着かえる。それほどにしても、どうしてもやはりみにくいのである。」といったような調子。それだけにとどまらず、「トニオ レオンツィオ王の幼い息子。この王子については、たいしていっておくことはない。」「デ・アンブロジイース教授 たいへんに重要な人物。この名前をみなさんもすぐにおぼえてしまうといい。」「クマのサルニトロ レオンツィオ王の側近で、もっとも重要な人物のひとり。」「モルフェッタ公 いまは、それ以上は何も申しあげられない。いくらおしえてといわれても、だめ。」などとキャラクターの重要度をあらかじめ教えてくれているのだから便利だ。その上紹介にはかなりの字数が用いられていて、ぶっちゃけここの人物紹介読んだだけでこれから何が起こって何がどうなるのかだいたいわかってしまう。

そしていざ物語がはじまると、語り手は『トリストラム・シャンディ』的に語りを逸脱させていく。コロス風の詩が要所要所で差し入れられているのでもともとメタなつくりにはなっているのだが(その詩だってよく読むと変だ)、十二年後に話が進むと「またお会いしましたね。」と読者に語りかけたり、その他にも、たとえばゆうれいが出てくるシーンでは突然、おそらくこの小説を子供に読み聞かせているであろうお母さんたちに向けてのメッセージがはじまる。

 

 

お母さんたちの中には、こういうことをいう人がいる。「小さな子どもたちに、ゆうれいの話なんかして、いったい何がおもしろいのか、わたしにはわかりません。子どもたちはこわがって、そんなお話をきいたあとは、夜中にネズミの走る音をきいただけで、悲鳴をあげるんですからね」それは、お母さんたちのいうとおりかもしれない。でもつぎの三つのことは、頭に入れておかなければいけない。第一に、ゆうれいたちは——まあ、ゆうれいというものがあるとして——子どもたちによからぬことをしたことなど、一度もないし、いや、だれに対しても、わるいことなどしたことなんかない。…(中略)

第二に、いいたいことは、いまはもう魔岩城はなくなってるし、大公の都もないし、シチリアにクマはもう住んでいないし、この物語もいまとなってはすっかりむかしのお話だから、こわがることなんか何もないのだ。

第三に、この物語の中のできごとは、こんなふうに起こってしまったのだから、いまさら、もう、変えるわけにはいかない。

 

 

それから忘れてはならないのはこの本のイラストだ。ブッツァーティ本人によって描かれているポップな挿絵も本文に負けず劣らず魅力的である。(挿絵の目次なんてものまであるし)。ブッツァーティは晩年作家としてよりも画家としての活動を中心としていったようだが、彼の描くクマやゆうれいや空飛ぶイノシシたちはかわいいけれどもジョルジョ・デ・キリコを思わせるような哀愁をただよわせている。

語り手はまるでこの挿絵と一緒に戯れるように、しばしば挿絵で描かれている内容に言及し、「もしみなさんが、まえの戦いの絵を/よく、よく、ごらんになるならば/峠で風に吹かれてる/へんな人物に気がつくよ。」なんてリズムよく歌っちゃったり、時には挿絵に先回りしてツッコミを入れたりする。

 

 

攻撃は、完全な失敗だ。

しかし、だとすると、もちろん真実をえがいているはずの、つぎのさし絵を見ると、逆に、クマたちが城壁の上にたどりついている、中にはとりでの屋根にまであがって、大公の軍勢を見おろしているクマがいるのは、どういうわけだろう? いったいなぜ、さし絵では、クマたちの方がいまにも勝ちそうに見えるのか? どういう冗談なのだ、これは?

 

 

もはやブッツァーティにとっては挿絵と本文との境なんか存在しない。爽快だ。

ディーノ・ブッツァーティは1906年、北イタリアの小さな村に生まれ、1972年に亡くなった。リアリズム作家が主流を占めていた当時のイタリア文学において、ブッツァーティは寓意的な幻想の世界や不条理な物語を描いたために「イタリアのカフカ」と評されていたという。けれども、わたしの勝手なイメージではなんとなく、生真面目に目を大きく開いてこちらを見つめ返すカフカというよりは、作品の奥で舌をぺろっと出しているようなお茶目なおじちゃん、というような気がする。しょっぱなからネタバレしちゃったり、語りの自制が現在に飛んだり過去に戻ったり、突然よびかけたり、と思ったらすぐまた物語に戻ったり、そんな高度な語りの中では実は結構たくさんのクマたちが死んでしまっていたり、と、ブッツァーティは読者である子供を子供扱いしない。子供と同じように誰とも対等に遊ぶいたずらっ子ブッツァーティの童話、おすすめである。