死の国について

ずっとずっと暗い、深海の底のもっと底、人々の忘れられた記憶のはるか下、太古の昔から変わらずにある場所、そこはあなたたちと繋がっている、あなたたちの中と繋がっている、あなたたちのへその緒の先、それは海の底に繋がっている、あなたたちは無から生まれてくるわけではない、あなたたちは海の底からそちらへ移っただけ、子宮はあちらからの入り口、あなたたちはあちらからそちらへ移っただけ、わたしたちの大いなる母はその時わたしたちを産み付ける、わたしたち「死」の卵を産み付ける、あなたたちの体の中に、産み付けられたわたしたちは、あなたたちの呼吸をききながら、卵の殻の中でずっと息をひそめている、わたしたちはあなたたちの中にいる、あなたたちがこの世に生を受けた時からずっと、わたしたちはあなたたちの中にいる、あなたたちは知らないうちにわたしたちを温め、そしてわたしたちは孵化する、わたしたちはあなたたちの体を食べて育つ、あなたたちはわたしたちがあなたたちを食べていることに気がつかない、あなたたちはわたしたちが外にいるものだと思っているから、わたしたちが中にいることに気がつかない、わたしたちはあなたたちの体を食べて育つ、わたしたちはなるべくゆっくりあなたを食べる、わたしたちはあなたたちの体がないと存在できない、わたしたちは存続するためにあなたたちを食べるが、あなたたちが死んだ時わたしたちも消えてしまう、わたしたちはあなたたちに依存している、わたしたちはあなたたちに寄生して生きている、けれどわたしたちがあなたたちなしでは存在し得ないように、あなたたちだってわたしたちがいなければ存在できない、あなたたちはわたしたちがいることによって完成する、あなたたちはあなたたちだけで完結することはできない、わたしたちがあなたたちを完成させる、わたしたちはあなたたちを食べるが、わたしたちはあなたたちを殺したいわけじゃない、わたしたちはただ生きたいだけだ、あなたたちと同じように、わたしたちだって食べなくてはならない、あなたたちだって何かの体を食べるのだから、あなたたちも食べられるのはあたりまえのこと、わたしたちはあなたたちを食べる、あなたたちは少しずつ損なわれてゆく、わたしたちがあなたたちを食べる時、あなたたちは痛みを感じることもある、あなたたちはあなたたち自身に原因があるように思うが、本当はそれはわたしたちのせい、わたしたちがあなたたちの中にいるせい、わたしたちが伸びをすれば、あなたたちはため息をつく、わたしたちが大きく育てば、あなたたちはみるみる生気をなくす、わたしたちが活発に這い回れば、あなたたちは落ち込んで寝込んでしまう、わたしたちが満腹で幸福に満ち溢れれば、あなたたちは絶望して死のうとする、あなたたちとわたしたちは常に呼応しあっている、あなたたちはわたしたちと戦おうとするが、わたしたちの働きを弱めることはできても打ち負かすことはできない、あなたたちがわたしたちに勝てたことは一度もない、あなたたちは負けたと言う、わたしたちに負けたという、けれどわたしたちは敵ではない、あなたたちはわたしたちを忌み嫌う、あるいはあなたたちはわたしたちを見て見ぬふりをする、まれにあなたたちはわたしたちが中にいることに気づいたがゆえにあざやかになることもある、でもわたしたちははじめからあなたたちの一部である、わたしたちはあなたたちでもある、わたしたちはあなたたちの中で成長しやがて蛹になる、あなたたちの最後の瞬間わたしたちは羽化し、あなたたちの体から飛び立つが、飛び立つと同時にわたしたちは消滅する、わたしたちの一生はそれで終わり、わたしたちは一瞬の羽ばたきのために生きる、それまであなたたちの体の中にずっと閉じ込められている、わたしたちは閉じ込められている、そこは光のない、生ぬるくて狭く、息苦しい場所、わたしたちが汗を垂らすとあなたは思わず身震いするが、わたしたちはあなたたちを突き破ることはできない、わたしたちは時がくるまであなたたちを突き破ることはできない、わたしたちはそれまで自分だけの体を持つことができない、わたしたちはわたしたちだけの体がほしい、最後のあいだだけのほんの一瞬の自由を感じるために、わたしたちは待っている、あなたたちの中にひそんで、あなたたちに気づかれないように、わたしたちは残りの時間を数えている、その時がくるまで。