詩と批評のあいだ⑤ 父の物語、あるいは——村上春樹クロニクル

父の物語、あるいは——村上春樹クロニクル

深沢レナ

 

 

 村上春樹はいつから僕たちに嘘をつかなくなったのだろう?
 2015年、村上春樹が小説家として自身の歩みを綴った『職業としての小説家』というエッセイのようなものが発売された。多くの彼のファンと同様、近年の作品はあまり好きになれないけれどもとりあえず彼の新刊が出ればすべて手に取ることにしている僕は、発売日の数日後に紀伊国屋でそれを買って読み出したのだが、正直言ってそこに書かれている言葉のあまりの素直さにいささか驚きを感ぜずにはいられなかった。そこで彼はあまりにも普通に、せきららに、自分の歩んできた道や小説家のあり方についての理念を語っていた。その上そこに書かれている内容には真新しいものはほとんど見受けられなかった。それらは彼が今までに出したエッセイや、読者とのメールのやりとりの中で繰り返し言い続けていることがほとんどだった。その一方でそこにはもうかつてのように、油断しているとすぐに隠し事をしたり、くだらない冗談を言ったり、嘘を言って読者を騙していた頃の彼の軽やかさはなく、新しい書き手のために真面目に話をしなくてはならないという重厚な責任感が滲みでていた。おそらく村上春樹という作家はあまりにも大きな存在になりすぎてしまったのだ。僕は彼から失われたしまった何かを想っていささか悲しい気持ちになり、最後まで読み通すことなくそのまま本を閉じた。
 村上春樹が神戸の古本屋でアメリカの作家たちのペーパーバックを買っていたのとおおよそ同じように、僕も中学の頃から学校が終わるといつも駅前の古本屋に寄って100円とか200円のタグを貼られた村上春樹の本を買い漁ったものだった。最初に読んだのはたしか『羊をめぐる冒険』だったと思う。別に理解なんてしていなかった。北海道の歴史に関する記述ははっきりいって退屈だったし、羊男なるものが意味するところもよくわからなかったけれど、不思議と彼の文章を読んでいるといつもより息がすっと抜けるような気がした。それは学校で読まされていた三島や太宰や芥川の文章とは明らかに違う種類の言葉だった。コテコテの装飾もなく、ウジウジとした自意識もなく、小説家につきものの読んでいるこちらを見下してくるような選民意識もなかった。なによりそれまで日本の小説に感じていたなんとなくベタっとした感触がまったく感じられなかった。そういう風通しのいい小説を読むのは僕には初めてのことで、そんなタイプの文章が存在するということは当時僕にとってとても大きな発見だったのだ。それから僕は『風の歌を聴け』を読み、『1973年のピンボール』を読み、村上朝日堂シリーズを読み、高校にあがるときには気づけばすでに村上春樹という小説家の世界にどっぷりとはまりこんでいた。
 あくまで僕にとってはということだけれど、その頃の村上春樹は思春期の少年にとって本当に必要なこと——次に何を読むべきか——を教えてくれる貴重な、かつ唯一の存在だった。彼の小説を読み終えると今度は彼の翻訳したレイモンド・カーヴァーやスコット・F・フィッツジェラルドやティム・オブライエンといった作家の小説を読み、それもだいたい読み終えると彼がエッセイの中で言及していた本を片っ端から読んでいった。彼は特別親切なわけでも面倒見がいいわけでもなかったが、彼の後ろになんとなくついていっていれば、たどり着いた先にはちゃんと面白いものがあった。彼は言うなれば、ちょっと年のはなれたいとこのような存在だったのだ。「めくらやなぎと眠る女」のなかで、耳の悪い年下のいとことバスに乗って新しい病院まで連れて行ってくれた「僕」のように。
 だからこそ2009年に『1Q84』が発売される前のある種のお祭り騒ぎのようなものに僕は戸惑いを隠せなかった。僕はその頃にはもう大学生になっていたのだが、それでもときどき本棚から彼の本を取り出しては読み返したりしていた。『1Q84』の発売日前日には本屋の前に行列ができていて、深夜から彼の本を求めて並ぶ人々の様子がTV中継されていた。いざ発売されてみると、あらゆる本屋が彼の本をジェンガのようにうず高く積み上げ、いたるところでリトル・ピープルやふかえりのことが話題となり、すぐさま「『1Q84』解説本」が出回り、ニュース番組ではその小説世界の図解すら行われていた。月が二つあるやら、さきがけはオウム真理教であるとかなんやら。
 思えばその頃が「村上春樹現象」の最盛期だったのだと思うけれど、僕はそういった村上春樹をとりまく熱狂のモードに辟易せざるをえなかった。いったいこれはなんなんだ。年上のいとこのような存在だった彼は、もう僕にとって親密な存在ではなくなっていた。それに加えて実際に自分でも『1Q84』という小説を読んでみて、その物語や人物設定になんとなく違和感を抱くこととなった。なにより文章があまりにも説明的でわかりやすすぎた。かつて村上春樹の小説の中にあった余裕や、言葉への不信感といったものはどこにいってしまったのだろう。僕の中に生まれたそれらの違和感は、次の年に続編が出版されたときによりくっきりと明確に形をもつようになった。青豆だとか天吾だとかいった名前や泥臭くて汗臭い設定は、好きではないけれどもまあ許せなくはない。しかし主人公の一人である青豆が、死ぬことを中断して生きることを選択するという話の展開にはどうしても無理があるように思えてならなかったのだ。そこには村上春樹自身の責任感がうまく馴染めずに残っているような、異物のごつごつとした感触があった。その存在は、作品がどことなく不完全であるような印象を僕に抱かせた。僕は『1Q84』を最後まで読み通すことなく本棚の奥にしまった。そして思った。結局のところ、村上春樹という作家は所詮僕にとって通過していくだけの存在だったのかもしれない、と。
 それからも新刊が出れば一応読みはするものの、その度に僕は彼の小説世界にあったはずのものの幻影を思い起こすばかりだった。トニー滝谷が残された妻の服を眺めてもかつて存在したものがあとに残していった欠落感を触知するだけだったように。だから今こうやって村上春樹という作家について何かしらの文章を書く機会を与えられたとき、僕は最初彼の初期の作品について書くつもりだった。そうして僕は彼の作品をクロノロジカルに読み進めていった。彼の昔の作品をゆっくりと読み直すという行為はとても幸福な体験で、それは僕にひそやかに行われる親密な同窓会を思わせた。そこには変わることなく鼠がいて、ジェイがいて、小指のない女の子がいた。208と209という双子がいて、配電盤のお葬式があった。猫の名前に関するどうでもいいような会話がなされ、命をかけた大冒険にはどこかしらのんびりとした時間が流れていた。〈アメリカの鱒釣り〉の日本版のような〈貧乏なおばさん〉が背中にはりつき、4月のある晴れた朝には100パーセントの女の子とすれ違った。そしてそこには突撃隊と彼のラジオ体操の話をする「僕」がいて、それを聞いてくすくすと小さく笑う直子がいた。
『ノルウェイの森』まで読み終えて本を閉じ、赤と緑のあざやかな装幀を見つめながら僕は何をするともなくただぼんやりと考えこんでいた。それらの本の中には軽やかなユーモアがあり、心を震わせる何かへの抑えがたい憧憬があり、結局のところ僕たちにできることは何もないのだという静かな諦念があった。そういったものたちがもうすでに失われてしまったのだと思うと、やはり僕は哀しい気持ちになった。
 けれどもその一方で——以前読んだときにはそんなことはなかったのだが——それらの作品には明らかに足りていないと感じさせる何かがあった。もちろん小説は小説としてどれも素晴らしい出来だったし、軽い表面を装いながらも人間の病というものの深くまで潜り込む深淵さを兼ね備えていた。今でもこれらの小説を読むと物理的に心を突き動かされたし、心の震えを感じさせられたのは確かだ。しかしそれはそれとして、これらの小説たちにはあまりにも救いがなさすぎ、あまりにも「完成」されすぎていた。それは言うなれば「閉ざされた完全さ」だった。美しく完成されすぎてしまった直子の体が結局は死以外に行き着くところをもたなかったのと同じように、そこにある完全な小説たちは、完全であるがゆえに行き場を失っているように僕には思えた。
 それから僕はこのように考えるようになった。『1Q84』に感じたある種の不完全さというものは、作者の過失によって生じたものではなく意図的に志向されたものなのではないだろうか。村上春樹という作家は、その不完全な作品を見せることでしか語ることのできない何かを僕たちに語っているのではないのだろうか。そしてその何かとはまさに、僕が最初その作品に余計な異物ものとして感じた「責任」というものではないだろうか。もしかしたら彼は、ごつごつとした「責任感」をあえて入れ込むことで、「大いなる不完全さ」ともいうべきものの形をつくりあげているのではないか。

     *

 村上春樹の中にはっきりと「責任」というものの萌芽が芽生え始めたのは『ねじまき鳥クロニクル』の頃だった。
 1991年1月17日、湾岸戦争が始まった。クウェートからのイラク軍の撤退を要求するジョージ・ブッシュ大統領(父親の方)が空軍にバグダッド空爆を指示し、本格的な戦争が開始されたのだ。ニュージャージー州にあるプリンストン大学に滞在する予定だった村上春樹は、その日ビザを取るために大使館に向かうタクシーの車内でそのニュースを耳にした。
 不安を抱えながらも到着したアメリカには「準戦時体制」の切迫した空気が漂っていた。プリンストンの街のいたるところに巻かれた従軍兵士たちを讃える黄色いリボン。テレビのニュースで繰り返し繰り返し映し出されるバグダッドを攻撃する空軍機から撮られた画像。兵器の無駄のない美しさと若い兵士たちのクリーンな顔つき。エチゾチックな砂漠の風景と宙に翻る星条旗。暴力と暴力のぶつかりあい、英雄と悪漢。そして街の人々の漂わせる高揚感……。戦争とはそういうものだ。
 次第に戦争が大掛かりになるにつれ、村上春樹はどこかに顔を出すたびに、その戦争に対する日本の貢献についての疑問なり追求なりに直面することとなった。これだけ多くの国が対イラクの攻撃に参加しているのに、どうして圧倒的な経済力を誇る日本が何もしないでいるのか? しかしその問いに対してどんなに論理を並べ立てても、武力の行使を放棄するという憲法を掲げながら自国軍隊を持っている日本の「ねじれ」を説明することはできない。それに何といっても当時の日本の経済力は圧倒的に強かったのだ。リセッションのまっただ中にあったアメリカではジャパン・バッシングが蔓延していた。にもかかわらず日本人は自分たちに不快感を向けられても、その経済力に見合うだけの、国家としての、あるいは文化環境としての意思や方向性を、世界に対してほとんどまったく提示することができずにいた。それを提示できないことに対する危機感は日本人の側にはほとんど見受けられず、そういう状況に対して彼はやはり暗澹たる気持ちにならざるをえなかった。
 そして1991年12月7日、太平洋戦争が始まって50年目の記念日で、一般的な反日感情はピークに達した。彼は妻とともにその日一日家に籠り、一切外に出ることはなかった。プリンストンという穏やかな大学街にあってもあたりの空気はぴりぴりとした感触をまとっていた。戦後生まれの人間だからといって「私は関係ありません」と突き放せるような空気はそこにはなかった。多かれ少なかれ日本人として、自分たちの父親たちが戦争中になしたことについて、歴史的な責任を負い続け、自分たちのうちにそうした記憶を共有物として保存しておかなくてはならない。そう実感させられることになった村上春樹は、五十年前に起こった歴史的事件の中に自分が否応なく含まれるのを感じとる。そうやって時間と空間を超えて歴史とつながるような当時の感覚が、1939年のモンゴル・満州国境と現在の東京を行き来する不条理な物語を形作ることとなったわけだ。
『ねじまき鳥クロニクル』は妻が突然行方不明になり、主人公である夫の岡田亨が彼女の行方を捜索する物語である。所帯をもたない個人が主人公であることが多かった村上作品ではじめて夫婦というものが扱われたのだった。岡田亨はたくさんの登場人物にさまざまな形でコミットメントを迫られる。電話をかけてくる謎の女、近所に住む十六歳の少女笠原メイ、霊媒師の加納マルタと加納クレタ、占い師・本田さんの形見分けをしにきた間宮中尉。多種多様な人物たちが岡田亨のところにやってくる中で、ただ一人彼が本当にコミットしたいと願う妻のクミコだけが逃げていく。だが岡田亨は、あくまで彼女自身の言葉を聴くことを希求し、自ら積極的に彼女を探してそのために闘いもする。彼には「何があっても妻を探しだす」という一貫した強い意志がある。
 岡田亨はやってくる人々に各々の体験談を聴かされる。謎の女はしつこく電話をかけ、笠原メイは死のかたまりみたいなものへの魅惑を語り、加納クレタはいかにして自分が綿谷ノボルに汚されたのかを語り、間宮中尉は五十年前ノモンハンで起こった事件のことについて語る。この小説では一人称が用いられながらも、主人公の視点から離れたところにあるありとあらゆる登場人物の声がつめこまれることによって、水平的に流れる時間に歴史を縦糸にして垂直な流れを取り入れるという、その後の村上作品にお馴染みの手法が本格的に試みられることになったのだ。  
 それまでも村上春樹の小説には初期の頃から「聴く」という行為やそれにまつわるものがよく描かれていた。デビュー作『風の歌を聴け』(1979年)にはじまり、「見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった」『1973年のピンボール』(1980年)、『羊をめぐる冒険』(1982年)で共に旅をするのは「耳」のモデルをしている女の子であり、『世界の終りハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)では老博士によって音が抜かれる。『回転木馬のデッド・ヒート』(1985年)は「僕」による「聞き書き」という形式を利用して書かれた短編集だ。そして『ノルウェイの森』(1987年)では緑や直子やレイコさん、『ダンス・ダンス・ダンス』(1988年)では五反田君といった、多かれ少なかれ心に病を負った人々の話を聴く「僕」という人物が主人公であった。ここに見えてくるのは「聴く」男たちの系譜だ。
 不満を抱くこともなく、人々の話をひたすら聴くという彼らの努力にもかかわらず、彼らが求めるものは、闇のなかをとぶ蛍のようにはかなく消えてしまう。そんな彼らに対し『羊をめぐる冒険』では、もうすでに死んでしまった「鼠」が「僕」に重要な指摘をする。

「キー・ポイントは弱さなんだ」と鼠は言った。「全てはそこから始まってるんだ。きっとその弱さを君は理解できないよ」
「人はみんな弱い」
「一般論だよ」と言って鼠は何度か指を鳴らした。「一般論をいくら並べても人はどこにも行けない。俺は今とても個人的な話をしてるんだ」
 僕は黙った。
                                (『羊をめぐる冒険(下)』)

 何もかもを一般論にしてしまう主人公たちは個別の痛みというものを理解できない。あらゆる物事を数値化し、双子や猫に名前をつけることなく、意味を還元して記号にしてしまおうとする彼らは、たえまなく暗闇にひきずりこまれていく人間の個人的な弱さの重みを受け入れられないのだ。そして「一般論」として片付けられて出口を失った鼠や直子や五反田君は死に、周囲の人物を無自覚に傷つける「僕」は大切な者を失い続ける。その構図は『ねじまき鳥クロニクル』においても変わらない。鼠のセリフは「あなたの中には何か致命的な死角があるのよ」という謎の女の言葉となって反復される。
 『ねじまき鳥クロニクル』は今では第三部までのひとまとまりの作品として認識されているが、もともとは前作『国境の南、太陽の西』の単行本刊行と時を同じくして、第一部1992年から1993年まで連載されたあと、1994年に第一部、第二部が同時刊行された。当初、この作品は未完と断られることなく刊行されたため完成作として受け取られたのだが、1995年に第三部が出て、最終的には三部構成で完成するという異例の形態をとった。
 ではその間にはなにがあったのか? 第二部と第三部が出される間に村上春樹に起こったこと、それは、ユング派の心理学者河合隼雄との出会いだった。河合隼雄は、上下関係を好まない村上春樹がその後唯一「先生」と敬称をつけて呼んでいる稀有な存在であるが、1994年に会って話をした時のことを村上春樹はこう述べている。


 河合隼雄さんとはアメリカに住んでいるときに、何度かお話をする機会を得た。(中略)僕はその当時ちょうど『ねじまき鳥クロニクル』という大変に長い長編小説を書いているところで、物語の深い霧の中にほとんどすっぽりと浸っているような状態だった。自分の物語が自分を含めたまま、どこかに向けて確実に進んでいくのはわかるのだけれど、その「どこに」というのがさっぱりつかめない。あらゆるものが複雑に入り組んでいて、簡単には仕分けのできない状態にあった。おまけに現実と物語とがところどころで薄暗く入り乱れていた。三年くらい片づけをしていない混んだ押入を想像していただければ近いかと思う。
 でも、そういうときに河合さんと向かい合っていろんな話をしていると(小説のことはほとんど話さなかったのだけれど)、頭の中のむずむずがほぐれていくような不思議な優しい感覚があった。「癒し」というと大げさかもしれないけれど、息がすっと抜けた。
                          (『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』)

 村上春樹は河合隼雄に話を聴いてもらうことによって(その対談は河合隼雄『こころの声を聴く』に収録されている)、それまで現代文学において重要な命題だと見なされていなかった「物語」というものに対する物理的な実感を共有することになる。そこで彼の言わんとする「物語」の概念の総体を説明なしで総合的に受け入れてもらえたことは彼にとって大きな励ましとなり、彼の中にある漠然としたビジョンが明確な図を結ぶこととなったのだ。
『ねじまき鳥クロニクル』第二部までの閉じられた物語は、第三部がつくられることによって開かれ、岡田亨は赤坂ナツメグという女性の後継者として新たに「仮縫い」という仕事を始める。「仮縫い」はさまざまな人の話を聞くことのアナロジーとして読めるが、村上春樹自身が河合隼雄に仮縫いされ、「聴く」力を継承されたことによって、一般論に収集してしまうがゆえに「聴く」ことに失敗する物語であった初期から、人々の個別の話に耳を傾ける後期へと「聴く力」の意味の大きな転換がなされる。その結果、なくなった何かを探し求めながらも失うだけだった彼の作品に「救い」という新しい道が開けたのである。
 そして第三部を書き上げてアメリカから日本へと帰国した村上春樹は、地下鉄サリン事件の60人を超える数の被害者に会い、ロング・インタビューをおこない、詳しい聞き書きという形で一冊の本にまとめる。それが1997年の『アンダーグラウンド』であり、次の年にはその続編ともいうべき『約束された場所で』に取り掛かる。後者はオウム真理教信者及び元信者に取材したものだ。この二つの「非フィクション」の中で、彼はもはや「僕」であることをやめ、「筆者」もしくは「私」という形で息を潜め徹底して人の話を聞くことにつとめている。そもそもインタビューという作業は、自分は無色透明な聞き手となって、個別の人々——それも普通の人々——の話に耳をすませ、彼らがどうやって生きてきたのかというそれぞれの物語を自分の中に受け入れ文章化する作業だ。一言で言うなら、それは三人称の作業なのだ。村上春樹は証言者たちの語りという物語をひとつひとつ身をもってくぐり抜け、そしてそのミクロコスモスを重ね合わせることによって、総合的なあるがままのひとつの世界を作り上げたわけだが、それはまさしく彼の敬愛するディケンズやドストエフスキーらの総合小説の形へとつながっていくこととなったのだった。
 その後彼は1999年に中編『スプートニクの恋人』で従来の文体の見納めをすませると、連作短編集『神の子どもたちはみな踊る』(2000年)にて、阪神大震災により何らかの影響を受けた人々の話を全面的な三人称として描く。短いものなら三人称で書けるという確信を得たのち、それを長い作品にもっていくという課題を長編『海辺のカフカ』(2002年)で実践する。ここでは一人称と三人称が章ごとに交代で出てくるという新しい構成を試みられているが、何よりも、主人公がはじめて15歳という年齢にまで引き下げられたのだった。2004年には中編『アフターダーク』にてカメラアイを用いて現代の世界を描いたあと、しばらく新作が心待ちにされていたが、ついに、7年ぶりの長編『1Q84』(2009年)において、完全なる三人称の総合小説——より客観性、多様性をもった集合的責任を著者が負うマクロなコスモス——が完成した。
 2013年には、東日本大震災後に書かれた初の長編である『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が出版された。主人公のつくるが大人になってから、かつての級友たち一人一人に話を聴きにいく物語だ。そしてつくるが唯一強い思いを抱いているガールフレンドを手に入れるために、正面からちゃんと向き合って話を聴こうと決意するところで物語は閉じられている。

      *

 2009年2月「エルサレム賞」を受賞した際、村上春樹はイスラエルに赴き、「壁と卵」というスピーチを行った。その時僕はちょうどニュースでその様子を見て驚いてしまったのだけれど(当時の危うい情勢の中わざわざ赴いて講演をするという彼の積極性にももちろん驚いたが)、公式の場で自分の家族についてふれることのなかった村上春樹が、そこでおそらくはじめて自身の父との関係性について話したのだった。「壁と卵」というメタファーと同時に(それは多くの人を感動させたと同時に多くの人を腹立たせたようだ)、彼が父親から日中戦争の記憶を引き継いでいたことを明らかにしたということは世間で大きな話題を呼んだ。それもそのはずだ。彼は自分自身の親について語るのを好まず、インタビューで父の話を聞かれてもあとからインタビュアーに電話をかけて削除してくれと頼むほどだったのだから。
 しばしば指摘されていることではあるけれど、彼は初期作品の中で父なるものを描くことがなかった。主人公たちは誰にも支配されることなくどこにも属さない個人として設定されていた。家族もほとんど描かれることなく、描かれるとすれば横の関係が圧倒的に多かった。そんな「父の欠如」というものがひとつの特徴であった彼の作品に、やがて父の姿がぽつぽつと描かれるようになる。最初は『神の子どもたちはみな踊る』、それから『海辺のカフカ』や『1Q84』では父の相克や父殺しというテーマが描きだされ、それと同時に『海辺のカフカ』では年長者たちが少年のカフカに何か大事なものを引き渡していく様子が、『1Q84』では青豆と天吾が親となる予兆が示される。現在の段階で最新の長編『騎士団長殺し』(2017年)では、父になった「私」が自身の娘を、TVで放映される津波の光景から守る様子が印象的だった。
 僕は思うのだけれど、そういった横から縦の関係性へという流れの中で、村上春樹という作家自身も「父」となっていったと言えるのではないだろうか。
『1Q84』の執筆中に、彼は実の父だけでなく、精神的な父ともいうべき河合隼雄も亡くしている。そして実の父から引き継いだ「戦争の記憶の遺産」、河合隼雄から「聴く力」を引き渡された彼は、自分自身も「父」になることで彼らから引き継いだものを次の世代に引き渡そうとしているのではないだろうか。かつてから『若い読者のための短編小説案内』(1997年)を出版したり、ウェブサイトではまるでカウンセラーさながら、読者からの何千何万といったメールをすべて読んで出来る限り返事をしていた彼だが、『職業としての小説家』という、まあ言ってみれば指南書みたいなものを書くことで、真剣に次世代の作家のために自分の「技」を伝授しようとし始めたのかもしれない。そう思って棚の奥にしまってあった本を取り出して、もう一度そのモノクロ写真の表紙を見たとき、そこにあるのはもはや涼しい顔をして軽妙洒脱な冗談を言っていた都会的な青年の姿ではなく、僕たちに向かってまっすぐ目を向ける「父親」の姿だ。
 この国はよくなるのだという希望があとかたもなく崩れ去ってから生まれてきた僕たちは、今や自分たちの足元の地面が堅くて不動のものだとは信じていない。四方を海に囲まれたこの国のなかでどこにも行けないという無力感を抱えて生きるというのは、とめどなく回転を続けるメリー・ゴーラウンドに乗っているようなものだ。そんな僕たちが仮そめの救いを求めて小さな閉じた世界へと入ってしまわないように、地下のくらいところから手をのばして僕たちをとらえようとするやみくろに引きずり込まれないように、僕たちがその暗闇に対して正面から向き合うことを恐れて羊に魂を奪われないように、とにかく「悪しき物語」に対抗して「良き物語」をつくるのだ、と村上春樹は東京の地下でかえるくんの助太刀もなく、たった一人闘おうとする。
 正直なところ僕には、驀進してくる機関車に立ち向かおうとするような彼の姿は無謀としか思えない。–だって所詮は小説家でしかないのだ。毎日朝4時に起きて執筆し、午後には十キロ以上走り、それから翻訳をして、食事に留意し、飲酒を適度に控え、夜9時には寝る。機械的な反復を日々続け、誰にでもわかるような容易い言葉で誰にもわからないような道理を説明しようと言葉を紡ぎ続ける。そうやって一生懸命何かと闘っている彼の姿を見ていると、変な話だけれども、僕まで一緒になってだらだら汗をかいてしまう。何かを相手に真剣にとっくみあっている彼を見ていると逆に見ているこっちが苦しくなってくるのかもしれない。笠原メイならこう言うだろう。かわいそうなねじまき鳥さん
 けれどもそんなほとんど勝ち目がないような状況で、わざわざ真っ暗なカビ臭い井戸の中に降りていき、自分も傷だらけになって同じく傷だらけの者たちを救おうとする村上春樹という作家の「大いなる不完全さ」の世界が、彼の全作品をもう一度壁抜けしてきた今の僕には、不完全であるがゆえに完全であるようにも思えてくるのだ。

     *

 村上春樹という僕たちの父はいつからか嘘をつくのをやめた。——ハートフィールドだとか、牧村拓だとかいった類の軽いものだ。
 そしてその代わり、おそらくあらゆる父親が眠りにつく前の子どもに熊やら蜂蜜やらの作り話をするのと同じように、村上春樹という作家は世界中の人々に物語という大きな嘘をつくようになったのだろう。
 それは一見何度も何度も同じモチーフを繰り返しているだけに見えるかもしれない。それにうんざりした人々はこう言うかもしれない。
「またいつもと同じか」
 しかしながら——彼をかばうつもりはないが、一息子として一つの見解を述べておこう。
 反復こそが物語の本質なのだ。あらゆる神話や昔話がそうであるように。

     *

 ところで村上春樹が長らく語らず、そこに欠如していたものは本当に「父」だろうか?
 日本の小説にあるベタッとした感触、文壇的なしがらみ、嫉妬、葛藤、他者への甘えや依存……。
 それから村上春樹に対して未だに根強くありつづける集団的憎悪。
 河合隼雄の著作には『性社会 日本の病理』という日本人論があるが、そういえば、村上春樹の最新短編集の題は『のいない男たち』だった。
 もし仮に——まあそんなことはないとは思うがもし仮に——村上春樹が本当に欠如させたいものを隠すために「父の欠如」を演出していただけだとしたら?
 僕たちは長い時間をかけて父の嘘に騙されていただけなのかもしれない。

 

 

 

 

 

【引用文献・参考文献】

村上春樹『村上春樹全作品1979~1989①~⑧』講談社、一九九三年
同右『村上春樹全作品1990~2000①~⑦』講談社、二〇〇四年
同右『海辺のカフカ』新潮社、二〇〇二年
同右『アフターダーク』講談社、二〇〇四年
同右『東京奇譚集』新潮社、二〇〇五年
同右『1Q84 BOOK1』新潮社、二〇〇九年
同右『1Q84 BOOK2』新潮社、二〇〇九年
同右『1Q84 BOOK3』新潮社、二〇一〇年
同右『雑文集』新潮社、二〇一一年
同右『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋、二〇一三年
同右『女のいない男たち』文藝春秋、二〇一四年
同右『騎士団長殺し』新潮社、二〇一七年
同右『若い読者のための短編小説案内』文藝春秋、一九九七年
同右『走ることについて語るときに僕の語ること』文藝春秋、二〇〇七年
同右『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文藝春秋、二〇一〇年
同右『職業としての小説家』スイッチ・パブリッシング、二〇一五年
村上春樹、村上龍『ウォーク・ドント・ラン』講談社、一九八一年
河合隼雄、村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』新潮社、一九九八年
小澤征爾、村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』新潮社、二〇一四年
川上未映子、村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社、二〇一七年
加藤典洋『村上春樹イエローページ1』幻冬社、二〇〇六年
同右『村上春樹イエローページ2』幻冬社、二〇〇六年
同右『村上春樹イエローページ3』幻冬社、二〇〇九年
柄谷行人「村上春樹の『風景』――『1973年のピンボール』」『終焉をめぐって』講談社学術文庫、一九九五年
河合隼雄ほか「現代の物語とは何か」『こころの声を聴く ー河合隼雄対話集ー』新潮社、一九九五年
河合俊雄『村上春樹の「物語」 夢テキストとして読み解く』新潮社、二〇一一年
阿部公彦「村上春樹とカウンセリング」『幼さという戦略』朝日新聞出版、二〇一五年
近藤裕子『臨床文学論 川端康成から吉本ばななまで』彩流社、二〇〇三年
岩宮恵子『増補 思春期をめぐる冒険 心理療法と村上春樹の世界』創元社、二〇一六年
浅利文子『村上春樹 物語の力』翰林書房、二〇一三年
柴田元幸『代表質問 16のインタビュー』朝日新聞出版、二〇一三年
柴田元幸編・訳『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』株式会社アルク、二〇〇四年
内田樹『村上春樹にご用心』アルテスパブリッシング、二〇〇七年
内田樹『もういちど村上春樹にご用心』文藝春秋、二〇一四年
宮脇俊文『村上春樹を読む。全小説と作品キーワード』イーストプレス、二〇一〇年
小山鉄郎『村上春樹を読みつくす』講談社、二〇一〇年
「特集 村上春樹ロングインタビュー」『考える人』新潮社、二〇一〇年夏号
「魂のソフト・ランディングのために–21世紀の「物語」の役割」『ユリイカ』青土社、二〇一一年一月臨時増刊号

詩と批評のあいだ② ガラスのケースに入れられて ――J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』とグラース家の物語

ガラスのケースに入れられて
――J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』とグラース家の物語

深沢レナ

 

 僕は、歩きながら、ポケットから例のハンチングを出してかぶった。僕を知ってる人に会うはずがないことはわかってたし、天気がいやにしめっぽかったんだ。僕はどんどん歩きつづけ、歩きながら、昔の僕と同じように今はフィービーが土曜日にあの博物館へ行っているということを考えていた。昔僕が見たのと同じ物を、今フィービーはどんなふうに見てるだろう。そしてまた、それを見に行くたびごとに、フィービー自身はどんな変わり方をしているんだろう。そんなことを考えてると、必ずしも気が滅入ってきたというんじゃないが、またさして明るい気持にもならなかった。ものによっては、いつまでも今のままにしておきたいものがある。そういうものは、あの大きなガラスのケースにでも入れて、そっとしておけるというふうであってしかるべきだと思う。それが不可能なことぐらい承知してるけど、やはりそれは無念なことだ。とにかく、そういうことをいろいろ考えながら、僕は歩いて行ったんだ。
                    ——『ライ麦畑でつかまえて』

 

『ライ麦畑でつかまえて』の作中、主人公のホールデン・コールフィールドが妹のフィービーと二人ベッドにこしかけて話し込む場面がある。時期はクリスマス間近。放校処分になったホールデンは両親にばれないようにこっそり妹のところにやってきたのだった。学校のことをフィービーが問い詰めると、ホールデンは学校でのありとあらゆるものごとへの嫌悪をあらわにする。それを聞いたフィービーは彼に対して本質的な質問をなげかける。兄さんは世の中に起こることが何もかもいやなんでしょ。違うのなら好きなものを一つでもあげてみて、と。

ホールデンはしばらく考えてから、しぼり出すようにこう答える。「僕はアリーが好きだ」。アリーというのはホールデンの二個下の弟だったのだが、三年前に白血病で死んでしまっていた。その答えを聞いたフィービーは、現実に背をむけて死んだアリーの思い出ばかり見ているホールデンに腹を立てながらも、彼の切実な言葉——好きなものや大切なものが失われていくのをただ黙って見ていることしかできない現実への憤り——に対して口をつぐまずにはいられない。

 

「アリーは死んだのよ——兄さんはいつだってそんなことばかり言うんだもの! 誰かが死んだりなんかして、天国へ行けば、それはもう、実際には——」
「アリーが死んだことは僕だって知ってるよ! 知らないとでも思ってるのかい、君は? 死んだからって、好きであってもいいじゃないか、そうだろう? 死んだからというだけで、好きであるのをやめやしないやね——ことに、それが知ってる人で生きてる人の千倍ほどもいい人だったら、なおさらそうだよ」
 フィービーはなんとも言わなかった。何といったらいいか、言うべきことが思いつかないときには、彼女は黙っちまうんだ。

 

サリンジャーの作品には、この白血病で死んだアリーの他にも、小説がはじまった時点ですでに死者となっている人間が多く描かれている。そして彼らは主人公たちにとって「すごくいいやつ」だと評されるものがほとんどだ。たとえば代表的なのは、グラース家の物語の中心人物であり、兄弟の精神的支柱になっている長男シーモアだろう。彼が最初に——そして唯一——実体をともなって登場したのは『ナイン・ストーリーズ』の冒頭に置かれている短編「バナナフィッシュにうってつけの日」だが、そこで彼はホテルの部屋で寝ている妻の横でピストルを取り出し、唐突に自殺してしまう。この彼の死がグラース家の物語のはじまりとなっている。また、グラース家の三男のウォルトも同様『ナイン・ストーリーズ』収録の短編「コネティカットのひょこひょこおじさん」に出てくるが、この時点で彼は死者として思い出話のなかに登場するだけだ。そして『ライ麦畑でつかまえて』では先に述べたホールデンの弟アリーと並べて、ジェイムズ・キャッスルという自殺した同級生のことが語られている。サリンジャーの小説においては、「最高にいい人間」というのは物語が始まる時点ではもうすでに死んでいるのであって、それはつまり、こういうふうに言い換えることができるだろう。彼らはもう死んでいるのだから絶対に汚れようがないのだ

彼らは往々にして、ものすごくいい奴だった、信じられないくらい素晴らしい人間だったと評される。だが小説は彼らが死ぬ/死んでいるところからはじめられているために、わたしたち読者はその死んだものたちが実際にはどんな人物であったか直接推し量ることができない。そして舞台から先に一抜けしているから世俗のインチキなものごとに汚される恐れもない。要するに、サリンジャーにとって素晴らしい人間だと思われる者たちは、絶対に汚れることがないようにあらかじめ彼の手で殺されている、というわけだ。

だが死者というものはわたしたちにとって他者ではなく、彼らの実体はそこになく、記憶だけがいつのまにか美化されていってしまう。死んでしまったものたちは、残されたのものたちの記憶のなかで、あらゆる欠点を削ぎ落とされ、純化され、完全な存在となることができる。それに加えてわたしたちにとって非常に都合のいいことに、死者という存在はわたしたち生者を傷つけることがない。裏切ることもなく、説教してくることもなく、とやかく言ってこちらを否定してくることもない。そのためサリンジャーの小説のなかに生きる者たちは死者をあがめてますます美化していってしまう。

しかしもうそれは、自分がつくりだした自己だけの幻想の世界だ。最初は他者であった死者、それも一番遠いところにいたはずの死者を愛せば愛するほど、いつのまにか、わたしたちは世間から隔絶された自分だけの世界に没頭していくことになる。だから死者であるシーモアを愛し、シーモアの読んだ本を読み、シーモアの残した物や言葉を大切にしているグラース家の兄弟たちは、みな俗世間から切り離されることを余儀なくされている。次男のバディは作家だが田舎で隠とん生活を送り、四男のウェイカーは神父である。長女のブーブーだけは主婦として普通の生活を営んでいるが、その下のゾーイーは独身主義の俳優だ。そんな精神性の高い空気を吸って育った末っ子のフラニーが、つきあっている生身のボーイフレンドのエゴにも、大学のなかで現実に身を浸している自分のエゴにも耐えられずに、レストランで倒れてしまうのは当然の帰結なのだろう。グラース家というのはサリンジャーの手によってあらかじめ俗世間から切り離され、特別な才能を持った特別な人々として烙印を押され、永遠に汚れることができないように運命づけられているのだから。彼らはいうなれば、ホールデンが博物館でショーケースをみたときに思った、フィービーをそのなかに入れておきたいという発想をそのまま現実化し、作者によってガラスのケースのなかにきれいなまま密封されてしまった人々なのだ。「グラース(glass)」という名前にあらわされているように。

 

『ライ麦畑でつかまえて』にはホールデンが次のように語る場面がある。

 

しまいに、何をする決心をしたかというと、どこか遠くへ行ってしまおうと決心したんだ。二度と家へは帰るまい、他の学校へも二度と行くまい、そう決心したんだな。フィービーにだけ会って、さよならやなんかを言って、クリスマスのおこずかいを返し、それからヒッチハイクで西部へ出発しよう、そう決心したわけだ。どんなふうにしてやるかというと、まず、ホランド・トンネルまで行って、汽車のただ乗りをやって、次から次と乗りついで行けば、数日のうちに西部のどこかに着くだろう。そこはとてもきれいで、日はうららかで、僕を知ってる者は誰もいないし、そこで僕は仕事を見つけるつもりだったんだ。どこかのガソリン・スタンドに雇ってもらい、ひとの自動車にガソリンを入れたり、オイルをつめたりして働くことを考えた。でも、仕事の種類なんか、なんでもよかった。誰も僕を知らず、僕のほうでも誰をも知らない所でありさえすれば。そこへ行ってどうするかというと、僕は唖でつんぼの人間のふりをしようと考えたんだ。そうすれば、誰とも無益なばからしい会話をしなくてすむからね。誰かが何かを僕にしらせたいと思えば、それを紙に書いて僕のほうへおしてよこさなければならない。そのうちには、そんなことをするのがめんどくさくなるだろうから、そうなれば僕も、もう死ぬまで誰とも話をしなくてすむだろう。みんなは僕をかわいそうな唖でつんぼの男と思い、僕のことはほうっておいてくれるんじゃないか。彼らは自分の自動車のガソリンやオイルを僕に入れさせて、それに対する給料やなんかをくれるだろうから、僕は自分がかせいだ金でどっかに小さな小屋を建てて、そこで死ぬまで暮らすんだ。小屋は林のすぐ近くがいい。が、林の中じゃだめだ。だって、僕は小屋にはしょっちゅうよく陽があたるようにしたいんだから。自分の食べ物は全部自分で料理するつもりだが、そのうちに、結婚したりなんかしたくなったら、同じように唖でつんぼというきれいな娘に会って、二人は結婚するだろう。娘は僕の小屋へ来ていっしょに暮らすことになる。そして、僕に向かって何かを言いたいときには、彼女も他のみんなと同じように、紙にそれを書かなければならない。もしも子供が生まれれば、子供はどっかへ隠しておく。そして本をどっさり買ってやって、僕たちだけで読み書きを教えてやればいい。

 

三十二歳のときに『ライ麦畑でつかまえて』を出版したサリンジャーは、それがニューヨークでロング・ベストセラーとなると、ニューハンプシャーのコーニッシュという田舎に土地と家を買い、高い塀をめぐらせて妻と子供と自分とだけで引きこもった。ホールデンの夢をサリンジャーは実際に実現してしまったのだ。あくまでもホールデンは、これは正気の沙汰ではないといって家に戻ってきたのにもかかわらず。

『ライ麦畑でつかまえて』を書きあげたあと、サリンジャーはもはや普通の人々のことを書くのをやめ、グラース家の物語に没頭していく。精神的な深みを求めて東洋思想にも入れ込み、死んでしまった長男のシーモアの物語を掘り下げようとしたのだ。それでも、『フラニー』や『ゾーイー』や、シーモアの結婚式——もちろんシーモア本人は不在だけれども——を描いた『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』までは、単純に小説としての観点から十分楽しめるものだった。だが、そのあとに書かれた『シーモア−序章』、そしてシーモアが小さいときの日記だという『ハプワース16 一九二四』が発表されると、そこで描かれているシーモアという人物の姿に、そしてそこにある閉ざされた空気に、読者たちは混乱せざるをえなかった。そのなかで絶え間なく抗弁を垂れるシーモアは、読者の前に最初に登場したときの、バナナフィッシュのことを話してくれた青年とは別人だった。それはサリンジャーの心のなかにしか存在しない、観念の生き物でしかなくなっていた。つまり、サリンジャーが自分の手で最初に死なせてしまった、最高に魅力的なシーモアという人間を、過去に遡って記憶のなかでよみがえらせようと語れば語るほど、その姿は、非現実的で、ちぐはぐな、おぞましい生き物になっていったのだ。そこにはもう、『ライ麦畑でつかまえて』でホールデンが級友や教師たちを糾弾し、しかし愛さずにはいられなかった人間味のようなものはなく、作品全体を覆っていた距離感やユーモアの温かな感触は消えてしまっていた。だからわたしたち読者は後期の頃の本を読むとそこに読んでいる人間の入る余地が全くなくて途方に暮れてしまうのだろう。

晩年のサリンジャーは、自分の作品の権利やプライバシーを守ろうと訴訟や裁判三昧で、異常なほど神経質になっていった。若い頃から編集者や出版社や雑誌、批評家といった出版業界に不信感を抱いていたわけだが、そんな彼でも、唯一読者のことは信頼していた。むしろほとんど読者のために書いていたといってもいいほどだ。『フラニーとゾーイー』を出版した際も、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』を出した際も、批評家達の評価は実際散々なものだった。けれども一般読者たちは、売り上げ——1963年のベストセラーとなった——によって、自分たちはサリンジャーの書くものを愛している、ということを証明した。そこにはたしかに作者と読者の揺るぎない信頼関係があったのだ。サリンジャーはそのとき、本の献辞を妻とふたりの子どもたちと読者に捧げている。

だからこそジョン・レノン暗殺事件のことを知ったとき、そしてその殺人犯はサリンジャーの本の愛読者で「自分はホールデンである」と言い張り、ジョン・レノンを殺した理由を『ライ麦畑でつかまえて』のせいにしているということを耳にしたときの彼のショックは大きなものだったにちがいない。またあるいは、そのときにはまだ軽く考えただけだったかもしれない。そんなものは勝手な言いがかりにすぎない、頭のいかれた一人の人間の妄想にすぎない、と。だが翌年に起こったレーガン大統領暗殺未遂事件も同じく彼の本のファンの手によるものだった。そうして世間はサリンジャーの作品に対して疑いの目を向けるようになった。サリンジャーにしてももはや読者のことが信用できなくなったのだろう。彼はさらに孤独に落ち込んでいった。そこにあったはずのあたたかな信頼関係は失われてしまっていた。そうして彼は、かつて献辞を捧げた読者のために小説を書くことをやめ、作品を自分のためだけに書くようになる。

 

「地獄とは何であるか? つらつら考えるに、愛する力を持たぬ苦しみが、それである、と、私はいいたい」

 

短編「エズミに捧ぐ」(『ナイン・ストーリーズ』)において、サリンジャー本人を思わせるX軍曹という人物は、『カラマーゾフの兄弟』からの引用であるその言葉を本に書きつける。その本はX軍曹自身が逮捕したナチスの下級官吏のものだった。戦争については何一つ語るべきではないという姿勢を貫いたサリンジャーにしてはめずらしい人物造形である。

若い頃に入隊を経験したサリンジャーは防諜部隊に属し、戦争の間ほとんどいつもタコツボのなかで過ごしてきたという。サリンジャーの娘が言うには——彼は娘のことを溺愛し、生まれた時にはフィービーという名前をつけようとしたほどだったが——娘に対しても、嘘をついたりごまかしたりすることには異常に腹を立てて尋問をしたという。そして彼は、怒りが落ち着いてから、娘に対し、言い訳をするようにこう述べる。「どうしようもないんだ、それがわたしという人間なんだ」。

サリンジャーは終始、戦争中も、戦争が終わったあとでさえも、このX軍曹と同様、「地獄」から抜け出せなかったのではないだろうか。実際、コーニッシュに家を買い、高い塀をめぐらして籠っても、お節介な記者や身勝手なファンたちは次々に押しよせて彼をそっとしておいてはくれなかった。彼の元恋人は彼からもらった昔のラブレターをオークションにかけた。地元の高校生は学校の新聞のインタビューだと偽って取材した彼の記事を売った。彼の名前を騙って勝手に作品を発表するものたちもいた。誰が敵で誰が味方なのかわからない状況だった。ある意味ではサリンジャーは精神的にはまだ戦場にいて、狭いタコツボのなかで、寒くて肺炎になってしまいそうな辛くて長い戦争の日々が終わるのをじっと待っていたのだろう。

小説家としてのサリンジャーはまるで神を演じるかのように、好きなものたちは死の世界に閉じ込め、生きているものたちもグラース一家という箱にしまいこんでしまった。けれど、もしかしたら、サリンジャー自身も、自分をコーニッシュの田舎——まるで要塞のような家のなか——に隠遁させることによって、自分をガラスのケースに閉じ込めてしまったと言えるのかもしれない。高い塀で覆い、汚れた声が入ってこないようにし、外の世界のことなど何も聞かず、何も言わないようにして。そうやってそのなかに入ったまま、今度は自分が出られなくなり、その結果何も書けなくなってしまったのかもしれない。サリンジャー自身がグラース家の一員となり、すべてが静止した世界に浸ったまま、そこから抜け出せずに、成長することができないままに、死んでしまったのかもしれない。実際、わたしたちが彼の本を開いたときに目にするのは、年をとってからのサリンジャーの姿ではなく、いつになっても三十二歳の頃の写真ばかりだ。

だが、あるいはそれは、一つの究極なあり方ではないだろうか。そもそも、小説や詩を書くという行為は、いつまでも今のままにしておきたい何かを、そのなか——文だとか、単語だとか、コンマひとつひとつ——のなかに、永遠に保存しておくような行為なのではないだろうか。わたしは自分がとっておきたいものを言葉にして、本のなかに保存しておく。そして数年後か、あるいは数十年後に、本屋や図書館や父親の書斎だとかで、通りかかったあなたは、偶然、わたしの本を見つける。そのときまでわたしが入れておいたものは、外の空気に触れず、汚されることなく、入れたときのままの形でしまってある。あなたは、その本をひらいて、わたしが見たものや感じたものを同じように手にとって、遠く離れたところでわたしたちはそれを共有する。といっても、そこに入れておくのはちょっとしたものだ。たとえば、雨のなか回る古い回転木馬だとか、歩道の縁石の上を歩きながら間違った歌詞を歌う子供の声だとか。詩がいっぱい書きこまれた野球のミットでもいいし、ガラスの割れた時計でもなんだっていい。とにかく、そんなものをたくさん入れておいて、それからユーモアをまぶして蓋をする。そしてセックスや暴力については一言も触れずに、ただじっと黙りこくっておくのだ。外の連中に何か話しかけられても、啞でつんぼであるようなふりをして。何かを書くというのは、本来、そういうものではないだろうか。きれいだと思うものをきれいなままの状態で、あなたに届けることができないのだとしたら、わたしたちがこうして身を削って書いていることに、いったい何の意味がある?

 

 

 

*引用文献・参考文献
J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』野崎孝訳、白水社、一九六四年
J・D・サリンジャー『フラニーとズーイー』野崎孝訳、新潮社、一九七四年
J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』野崎孝訳、新潮社、一九七四年
J・D・サリンジャー『大工よ、屋根の梁を高く上げよ・シーモアー序章』野崎孝・井上謙治訳、新潮社、一九八〇年
J・D・サリンジャー『ハプワース16 一九二四』原田敬一訳、荒地出版社、一九七七年
ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史訳、晶文社、二〇一三年
マーガレット・A・サリンジャー『我が父サリンジャー』亀井よし子訳、新潮社、二〇〇三年
村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文芸春秋、二〇〇三年

児童文学おもろー① 愛と愛の欠如をめぐる物語–J・K・ローリング「ハリー・ポッター」シリーズ

 

愛と愛の欠如をめぐる物語——J・K・ローリング「ハリー・ポッター」シリーズ

 

「ハリー・ポッター」という名前を聞いたことのない人はおそらくほとんどいないであろうが、実際、ハリー・ポッターシリーズの原作「賢者の石」から「死の秘宝」までの全7巻を読破したという人は、実はそう多くないのではないだろうか?

わたしの周りでよく聞くのは、①好きだったけど途中でやめた(特に5巻あたりから急激に話がヘビーになっていくからついていけなかった)、②好きではないけどとりあえず読んではいたものの上下分冊になりはじめた4巻からしんどくなってやめた、③映画でみたから結末は知ってるけど小説はぜんぜん読んでない、④有名すぎてなんかもはや読む気になれない、などなど、だ。

かくいうわたしも小学生時代にやってきたハリー・ポッターブームの波にノリノリで乗りながらも、いつのまにか読まなくなって棚の上の方におしやり、埃をかぶっていたそれを「これ邪魔だから捨てていい?」と親に言われるままBookoffに売られてしまった子供の一人だったのだが、「あー将来すっごい暇ができたらハリー・ポッター大人買い&大人読みとかしてみたいなー」なんていうささやかな夢を抱いていたところ、先日やっと叶える機会が訪れて、いざ、全巻一気読みしてみたら、これが予想をはるか超えて、めちゃめちゃ面白い。と、いうことを、結構いろんな人に話してみたのだけれど「今更ハリー・ポッター?」と鼻で笑われてばかりなので、なんとかその魅力を伝えてみようと思う。

今回読んでみてわかったのだが、4巻・5巻から読むのをやめる人が多いというのはおそらくあたりまえのことで、1巻から3巻までと4巻以降はまるで別作品といってもいいほどタッチが違う。闇の帝王ヴォルデモートに両親を殺された少年ハリー・ポッターが仲間とともに敵に立ち向かう! という勧善懲悪な物語の大筋は最初から最後まで一貫しているものの、3巻までは、現実のこちら側の世界では叔父叔母夫婦に虐待されている男の子ハリーが、魔法学校にいって大活躍するけれど、夏休みになると結局またさえない現実に戻って来る、という一種の異界探訪譚として構成されていた。ところが4巻ではそれまで大体ハリーに付き従っていた語りの視点が、まったくの別の場所にいるまったく見知らぬ人物に置かれて幕を開ける。未知の他者から始められるこの巻の冒頭は、その後の物語の方向性を示唆的に表している。ハリーという主人公中心に成り立っていた堅固で守られた世界が崩れ始めていくのだ。ハリーは親友のロンとの間に微妙な距離感が生まれてすれ違い、友人ハーマイオニーは「屋敷しもべ妖精」たちの待遇改善運動を独自に始める。登場人物もこのあたりから一気に増え、海外にある魔法学校の生徒たちが対抗試合にやってきたり、魔法省とよばれる政府の人々やジャーナリストといったホグワーツ魔法学校の外側の人々が登場し、ついでにハリーが恋にめばえたりして、物語は急に社会化されていく。

そしてなにより3巻までの「まあなんだかんだいってハリーたちには魔法界最強のダンブルドア校長がついてるから大丈夫でしょ」という根拠のない安心感が、4巻の最後でセドリックという好青年の無意味で残酷なだけの死によってがらがらと崩れ落ち、ハリーたちと同時に読んでいるわたしたちも不安に陥れられていく。絶対に自分を守ってくれる誰よりも強い存在であったダンブルドア校長が老いて弱っていくのを見て外的な守りが弱くなっていくのと同時に、ハリーはまた内的にも確固たる基盤が揺らいでいくのを感じる。また、正義の人間だと思っていた亡き父親ジェームズが、弱い者を暇つぶしにいじめるような傲慢で鼻持ちならない奴だったことを知って動揺する。外的にも内的にも「父なるもの」を失ったハリーは、父の生き方そのものをなぞるのではなくて、自分独自の道を打ち立てることを余儀なくされるのだ。5巻以降は名付け親のシリウスをはじめハリーは愛すべき人物を次々に失っていくわけだが、読んでいるわたしたちもハリーと同じようにその喪失の痛みを抱えなくてはならない。しかし成長するとはそういうことなのだ。

はっきりいってしまえば、ハリー・ポッターシリーズは単に魔法ファンタジーを扱っただけの児童文学ではなく、独裁者の盛衰について書かれた戦争文学であり、さまざまな愛のかたちとそこから生まれる差異を描いた恋愛文学であり、究極的には現実のパロディ文学である。『指輪物語』のJ・R・R・トールキンや『ゲド戦記』のアーシュラ・ル・グウィンが、知識を体系的に構築することで「中つ国」や「アースシー」という独自の世界を現実の外部に確立していったのとは対照的に、ハリー・ポッターシリーズの作者J・K・ローリングは、あくまで魔法界を人間界(マグル界)のパロディとして描いており魔法界にあるものはほとんどすべて人間界のものと交換可能なものになっている(なにしろ魔法界への入り口はキングズ・クロス駅の9と4分の3番線なのだ)。ローリングにとって重要なのは魔法界といった舞台を綿密に作り上げることではなく、そこに生きる人々の姿を描くことなのだろう(死人やゴーストもいるが)。おそらく自身の教師経験を生かして描かれた魔法学校の生徒や教師や、そこの住人たちは生き生きとしてそれぞれ「ちびまる子」ばりのキャラクター性を有しているし、毒舌記事ばかり書く記者、生徒をいじめる管理人なんていう嫌な人物にも「こーいうやついるよなー」とニヤニヤさせられる。多くの読者が「魔法省」だとか「日刊予言者新聞」だとか「クィディッチ・ワールドカップ」なんていう単語にクスッとさせせられたものだろう。しかしローリングの用いるパロディは決して表面的なものだけに収まることなく、わたしたちのなかに潜む深い闇をじわりじわりとあぶり出す。例えば「人狼」であるルーピン先生への登場人物たちの偏見や嫌悪はまるで「病」へのそれであるし、森の番人ハグリッドが「半巨人」であると知ったときの人々の反応は現実における人種差別と変わらない。「第一次魔法戦争」「第二次魔法戦争」というネーミングはもはや説明不要だ。闇の帝王が復活したにもかかわらず自分の地位を守るためにその事実を認めず、虚偽の報道ばかり行った魔法省大臣やメディアのあり方は太平洋戦争中の大本営発表そのものであり、また、純粋な魔法使いの一族に生まれたのか人間(マグル)との間に生まれたのかどうかを「純血」「混血」と区別し、マグル生まれがいるだけでその血統は「汚染」されていると考える純血主義は、「アーリア人」「ユダヤ人」を明確に区別したナチズムのアーリア人至上主義と全く同じものである。そしてここで描かれているよりもひどい大量虐殺が現実に行われていたのだということを思い出す時、わたしたちはもはやローリングのパロディに笑えなくなってくる。

なんて、そんなことを書くとなんだかより一層重苦しいものとして敬遠されてしまうかもしれないが、ローリングは何よりも「愛」を描く作家だ。話が進み、戦いが熾烈になっていくなかでも登場人物たちの恋愛模様が常に描かれ、最終巻にいたっては、危険な情勢にもかかわらず、結婚式という晴れやかなイベントが行なわれているのは面白い。それほどまでに「愛」というものの存在が重要視される中で、(一見そんな風にはまったく見えないのだが)もっとも愛に生きた人として描かれているのは、ねっとりとした存在感をはなっていたスネイプ先生だ。ハリーを忌み嫌うスネイプの心の奥底に隠されていたハリーの母リリーへの一途な愛を知って思わず涙してしまった読者は少なくないのではないだろうか。幼い時からリリーに思いをはせながらも報われることのなかった彼の生き様を最後に知ったとき、ハリー・ポッターという日向を生きる少年の成長物語であったこの小説は反転し、セブルス・スネイプという日陰を生きた少年の悲恋を描いた物語が新たに浮かび上がってくるのである。

また当然のことながら愛は憎しみとも表裏一体である。スネイプはリリーを愛すると同時に、リリーを奪ったジェームズを恨み、ジェームズに外見のそっくりなハリーを憎む。憎しみは憎しみを生み、ジェームズやハリーを愛するシリウスはスネイプを憎む。ハリーを愛するがゆえにできるだけ一緒に過ごしたいと願うシリウスは、まだ若い子供達を守りたいと願い無謀な行動を慎むべきと考えるロンの母親モリーと対立する。そのように味方同士の中においてすら、人々のさまざまな愛のあり方が対立を生み出し、衝突を引き起こしていく複雑な物語のなかで、ただ一人ヴォルデモートだけが愛というものを全く有さない。彼が人間ではなく骨董品という物に執着するのはそのためだ。彼にはそうした愛をめぐって生じる「誤差」がないためシステマティックに計画を進めて圧倒的な力を有することができたわけだが、誤差を軽視したヴォルデモートは誤差によって仕返しを受ける。身を挺してハリーを守った母リリー、息子を助けたいがゆえにハリーを見逃したナルシッサ・マルフォイ、屋敷しもべ妖精に愛情を抱いていたためにヴォルデモードを裏切ったレギュラス・ブラック、息子を殺された怒りから仇を打ったモリー、そうした誤差の積み重なりによって闇の帝王は滅ぼされてゆく。いうなれば、この作品は「愛」と「愛の欠如」の戦いを描いた物語なのだ。

そして親の世代が残した憎しみという遺産をハリーは自分の中で浄化させていく。三十代になったハリーが、自らの子供に「セブルス」というスネイプのファーストネームをつけていることが発覚する最終章は感動的だ。こうしてジェームズやシリウスとスネイプ、グリフィンドールとスリザリンという相対立していた要素は、長い年月を経てたくさんの犠牲を払ったのちに、かろうじて和解を遂げることになる。憎むべき対象を自らの影として切り離すのではなく、自らの中にとりこむことによって、ハリーは全体性を獲得し、次の世代にその希望を託すのだ。

 

と、ここまでとにかくベタ褒めしてきたが、わたしが首を傾げた点が一つ。

7巻の最後、リンボのようなところでハリーが死んだダンブルドアと話す場面がある。このときヴォルデモートの傷ついた無力な醜い魂がそばに転がっているのだが、ダンブルドアもハリーもこの哀れな魂を助けることはない。ダンブルドアは言う。「きみには、どうしてやることもできん」。親に捨てられ誰にも愛されることなくそして誰のことも愛する事ができずに悪の権化と化したヴォルデモートには本当に救いの道はなかったのだろうか? おそらく宮崎駿の描くキャラクターなら、この醜い生き物に「あんた、しっかりしなさいよ!」とかいって、励まして連れて帰って一緒に暮らし始めてしまうことだろう。

詩と批評のあいだ① 「走る女 —— 本谷有希子『生きてるだけで、愛。』」

走る女
—— 本谷有希子『生きてるだけで、愛。』

深沢レナ

 

 女子高生の頃、なんとなく学校生活がかったるいという理由で体中に生えてるあらゆる毛を剃ってみたことがある。髪の毛、眉毛、脇毛、陰毛。まつげと鼻毛はさすがに無理だった。でもツルツルになって鏡の前に立ったあたしは長い手足と頭の形がきれいなお陰でこれが美だと言い通せばいけそうな気がしたんだけど、やっぱり親には泣かれたし、先生には怒られたし、友達には心配されたり見て見ぬふりをされたし、狂ってるとまで言われちゃったりなんかして、浮きまくった女子高生だった。(「生きてるだけで、愛。」)

いきなりの全身剃毛エピソードから、ホットドッグの早食い競争。「死ねジャップ!」と罵るフードファイターを通って、シュゴーとおかしな音をたてるエアコンに。止まった? と、思いきやいつの間にか葛飾北斎『富嶽三十六景』のザッパーン!。五千分の一秒の富士山の波。ドーパミンドバドバでやっと追いつくと、時速一七二キロの「ドドンパ」で勢い良く下っていってしまう。
因果関係なく思いついたままエキセントリックに行動する寧子の語りは、その行動以上に強烈で脈略のない言葉を次々と繰り出してゆく。ある冬のわずか数日間の物語を、過剰な比喩、不必要な説明、無駄な固有名詞、長すぎる修飾語を使いながら引き伸ばし、彼女はひとりで語ってやみくもに疾走しつづける。「自分という女は、妥協におっぱいがついて歩いているみたいなところがあって」、「担任が正面から見た新幹線に似ていて勉学に励む気にならないという理由で高校を中退しかけ」、「大体トイレでうなってる声がモンゴルの、高い音と低い音が同時に出るあのホーミーみたいな男にどうやって欲情しろっていうんだよ」、「DNAの段階から地味になることが決定していたかのような男だった」、「受け入れがたい行為に面食らったあたしは、ユニバーサルスタジオのあらゆるアトラクションが公然と水をぶっかけてくる意味の分からなさを目の当たりにした時のようなショックを受けた」。
過眠。メンヘル。二十五歳。
元恋人といまだ一緒に住む家に帰ると、ベタなことに、奥から女の喘ぎ声がばんばん響いてきた。それを聞いて緑色の吐瀉物をぶちまけ、獣のような雄叫びをあげ、ふらついた拍子に、木彫りの悪魔の尖った鼻に頭を突き刺し、鮮血をだらだらと流しながらも、彼女は横にいた津奈木に向かって言う。
「それよりこういう時って思いっきり走りたくなるんですけど」。
寧子は「走る女」なのだ。ほとんど意味のないド派手な言葉の上をめまぐるしく走り続ける彼女が、重おもしく鎮座する富士山にではなくその横のジェットコースターの方に刺激を感じるのも、元恋人の家を飛び出して夜の街を伴走する津奈木を恋人に選ぶのも、昼も夜もひっきりなしにタクシーやデコトラがビュンビュンぶっ飛ばす首都高が目の前にあるマンションに住みはじめるのも、それは、彼女が走ることを属性に持つ「走る女」だからなのだ。
過眠。メンヘル。二十五歳。走る女。
そんな彼女に抵抗するのは、ことごとく、彼女の走りを阻もうとするものばかりだ。度々襲ってくる過眠や鬱のせいで寧子は一日中こたつの中で寝るはめになり、突然落ちるブレーカーは彼女を恐怖に陥れ、エアコンの効かない寒いマンションの暗闇のなかに閉じ込める。津奈木の元カノは彼女を喫茶店に何時間も監禁し、新しく始めたバイト先のオーナーたちは相田みつをヒューマニティーで彼女を自分たちの「家族」のなかに囲い込む。元カノの長い台詞に押しつぶされ、オーナーたちのたくさんの鉤括弧に挟み込まれて、走ることができなくなり機能不全を起こした走る女は、破壊することによって再び速度を取り戻そうとする。

「なに、帰んの?」呆気に取られた顔で訊いてくるオーナーを無視してトイレに入る。タンクの陶器製の蓋を持ち上げて床に叩き付けて派手に破壊し、それから額のみつをの額縁を便器にぶち込んだ。「何やってんだよ?」とオーナーがドアを叩いていたが構うことなく日でボタンを押して一本の曲線が水芸のように空中に飛び上がり始めたのを確認し、トイレから出たあたしは店を一度も振り返ることなく全力で疾走した。

とにかく走ること。男が「ゲロ吐きやがって!」と追いかけてくる前に。「人間だもの」で済んでしまう世界に閉じ込められないように。靴を履いてなくてもいいし、むしろ、全裸でも全然いい。頭から鮮血を流していても、「パルコ死ねパルコ死ね」と叫びながらも、止まることなく走ること。とにかくそうやって全力で走って生きてるだけで、走る女はひとときの読点ののち、やがてささやかな「愛。」という安息にたどり着くのだろう。

エッセイ「下着泥棒対策あれこれ」

  下着泥棒対策あれこれ

 ついこの間下着泥棒の被害にあった。
 わたしはアパートの一階にひとり暮らしをしていて、生乾きの臭いがとても嫌いなので洗濯物はすべて外に干していたのだけれど、よくバイト先の店長だとか友人だとかに「え? 外に干してるの? 大丈夫?」といわれてはいたのだが、平和ボケしていたわたしは、下着泥棒ってのは都市伝説みたいなもので、わざわざ他人の下着を盗むような物好きなんてネッシーレベルの未確認生物だと思っていたから、実際に自分があってみてはじめて、あ、実在するんだ、と知った。
 とりあえず、ベランダが荒らされていたので警察を呼んでみたのだが、なるほど、二次被害とはこういうものなのか。やってきたのは男性警官三人で、家の外で話をしているのにとにかく下着下着下着下着下着と連呼され、これでは近所に「わたし下着取られました」と宣伝しているようなものだ。恥ずかしい。それからどういう下着なのかを彼らに説明しなくちゃいけない。非常に恥ずかしい。しまいには「下着を外に干しちゃダメでしょ」と叱られ、ええー、んあー、はあー、と返事をしたがなんだか腑に落ちないまま、帰っていく彼らを見送ったのだった。
 と、いうことを次の日女友達に話したら、「それって財布盗られたら財布持ち歩くのが悪いっていってるのと同じじゃん!」と激昂してくれたのだが、なるほど、うまいことをいう。確かにそうだよな。なんで女だからってパンツ外に干しちゃいけないんだ。外に干す権利はわたしにだってあるはずだ。わたしだって自由に天日干ししたい! 我々にパンツを干す権利を! わたしたちは昼間のファミリーレストランでチキンに突き刺したフォークを天に掲げながら、パンツ天日干し自由権を求めて怒りに燃えていたのだった。
 まあしかし、パンツ天日干し自由権をわたしたち女性が得るには、これからきっと数十年の時が必要となるだろう。なので、今自分でできる現実な対策としていくつか具体案を考えてみた。はい、一つめ。
・男物のパンツを履く
 これはなかなか即効性があっていいかもしれない。実際、前々から男物のパンツはゆるくて快適そうだと思っていた。けれど、これではなんだか何かに負けたような気がしなくもないので次の案、どうぞ。
・ベランダに卒塔婆を立てておく
 これもすぐに実践できるいい案だ。卒塔婆が立っているようなおどろおどろしいベランダからパンツを盗る気にはならないのではないだろうか。憑いてそうだし。しかし、下着泥棒は撃退できても何か別のものを召喚してしまいそうだという点が難点。では次。
・犯人のおばあちゃんのパンツも一緒に干しておく
 うん、かなりいい。おばあちゃんというのは人類の涙腺に対し最大級の破壊力を持つ。おばあちゃんのパンツを見ただけで、犯人はまるでおばあちゃんに監視されているような錯覚を起こし良心が痛み犯行を断念するだろう。けれどもこれを実行するには、わたしがまず犯人のおばあちゃんから下着を盗んでこなくてはならないのが弱みだ。次。
・つげ義春の不条理マンガをパンツにシルクスクリーンして犯人の性的意欲を削ぐ
 著作権違反。
・ベランダの窓一面にパンツのだまし絵を描いて犯人を錯乱させる
 賃貸契約違反。
・パンツ履かない
 却下。
 なんていろいろ考えていたのだが、もういっそのこと引っ越してしまおうかと悩んでいる。現在、浴室乾燥機のついている物件を探し中。

(『something25』より)

詩「膨らむ」

膨らむ

 

 ここのところ太陽が膨らんできている気がする。

 朝、洗濯物を干すときにビルの隙間から覗く太陽が先週からやたらと視界に入ってきて眩しい。太陽の方をちらと確認してみると心なしか大きくなっているように思える。そういえば十二月だというのに寒気がやってくる気配もなく洗濯物もいまだ短パンやTシャツといった夏物ばかりだ。僕は夕食の席でそのことを妻に話そうとするのだが仕事から帰ってきた妻はずっと職場の男の話ばかりしている。僕は白飯を口に運びながら、うん、うんと相槌を打つ。打ちながらも今日の白飯はやはり水を入れすぎたなと後悔する。おまけにホウレンソウの和え物も塩辛いしカブの味噌汁も煮過ぎだ。そんなことを反省している僕に妻は、ちょっと聞いてるの? と語気を荒げる。僕は妻の話に集中しようとするのだがどうしても白飯の水っぽさが気になってくる。炊飯器ではなく米炊き鍋で炊くようになってからどうもいまいち水加減が分からないのだ。そのうち妻は気分を害したらしく夕飯を残したままシャワーを浴びに行ってしまった。僕は妻の残した白飯を食べながらやはり水を入れすぎたのがいけないのだと思う。そんなこんなで太陽のことはすっかり忘れてしまう。

 次の朝太陽はさらに膨らんでいる。遠くに見える建物の幅と同じくらいの大きさだった太陽は今やその建物を飲み込むほどに膨れ上がって存在を誇示している。蒸し暑さが増し、短パンにタンクトップだけ身につけて僕はベランダに洗濯を干しに出たのだがふと鉄の柵に触れたときそのあまりの熱さに飛び上がった。これは尋常ではない地球の大事だ今日こそは妻に話さなければならないという決意を胸に妻の帰りをひたすら待っていたけれど妻はなかなか帰ってこない。夜遅くにやっと帰ってきたと思ったら若い男を連れているので太陽どころではなくなってしまう。聞けば職場の新人で、今日から我々と一緒に住むのだという。あら、昨日話したじゃない、と言われると話をちゃんと聞いていなかった自分が悪かったように思えてきて何も文句が言えない。とはいっても納得いかないので仏頂面で食卓に座っていたのだが、若い男は僕の作っておいた南瓜のポタージュと真鯛のマリネとトマトソースと茄子のラザニアを無我夢中で口に掻き入れ、こんなまるでホテルのてっぺんにある高級レストランのバイキングみたいな食事を毎日食べられると思うと嬉しくて幸せこの上ないです、と目に涙を浮かべながら言った。そんな男の言葉に僕はつい専業主夫としての自尊心をくすぐられて、いやいやこんなの大したものではないのだよ全然こんなものでよいのならいつでも作ってあげるよ何でも食べたいものを言ってごらん下手なレストランよりよっぽどおいしく作ってあげよう、と心にもないことを言ってしまう。手をとりあって喜んでいる妻と男を前に僕は今取り返しがつかない台詞を言ったのではないだろうかと後悔していたが、一つの布団の中で幸せそうに抱き合って寝ている妻と男の姿を見ているとまぁこれはこれでいいことなのかもしれないと思えてくる。そんなわけで太陽のことはすっかり忘れてしまう。

 翌朝目が覚めたとき窓から誰かの視線を感じて飛び起きると、覗いていると思ったのは人ではなく窓を覆い尽くすほど膨らんだ太陽だった。黒点がはっきりと見え、輪郭は熱気で揺らいでいる。僕がほったらかしにしている間に太陽はここまで膨らんでしまったのだった。僕は慌てて妻を起こそうと思ったが、せっかくの日曜日にゆっくり寝ているところを早く起こしてしまっては悪いと思い直した。見ると妻と男は顔に大粒の汗をかいている。寝苦しそうに息をする二人が可哀想に思えてきて扇風機を回してやろうと僕は物置から取り出してきた。扇風機を組み立て風が二人に当たるように調整する。カタカタと回る羽の音の中、寝返りを打つ妻の顔がくつろいでいるように見えて安心する。それから僕は男が目を覚ましたとき喜んでくれるように豪華な朝食を準備しておこうと気合を入れる。昨夜寝かせておいたパンの生地をオーブンに入れ、フレンチ風のオムレツを作り、ジャガイモを布で濾して冷製スープにし、最後にトマトを皿に盛って食卓に並べる。あとはパンの焼き上がりを待つだけだ。妻と男はまだ深い寝息を立てている。僕はソファに座って消音にしてテレビをつける。だがどの番組も太陽が膨張しているだとか日本人は避難しているだとかいった緊急報道をしていて面白くないのですぐに消してしまった。何かしなくてはならない大事なことがあったような気がしなくもない。そうだパンを確認しなければと僕は立ちあがり、オーブンのオレンジ色の光の下で少しずつ膨らむパンをじっと見つめる。

 

  (第一詩集『痛くないかもしれません。』より)